第70話 愛の追い込み攻撃開始!

文字数 2,891文字

クラスメイト達から一斉に非難された日以来、加奈は朝登校してから下校の時間まで一人きりで過ごすことになっていた。誰とも話さず一人で心細くしていた。休み時間、皆加奈を避けるように離れて固まって楽しくお喋りしていた。



たまに加奈と目が合うと誰もが嫌なものを見るような目で見たり、激しく睨んできた。加奈が誰かに話しかけても、近寄らないでとか気安く話しかけるな、などと言われ相手にされなかった。いたたまれなくて居心地が悪くなり、教室に黙ってじっと座っていることが息苦しくたまらず教室を出て外で過ごしたりした。



加奈は教室で大人しく一人でいることは比較的平気な性分だったが、それは周りから一方的に拒絶のオーラを向けられていない場合である。給食時間は以前と同様に机を寄せ合って班ごとに分かれて食べたが、形の上で仕方なくそうしているだけで他の時間同様加奈の存在はまるでいないかのように扱われた。



亜沙子の方はというと、加奈と知り合う以前の状態に戻ったようで誰とも相容れず一人で過ごしていた。亜沙子の立場に皆が同情したとはいえ皆と仲良くなるわけではなかった。いつものように皆を寄せ付けないオーラを発していたし、以前の暴力事件で誤解された事があるから、やはりクラスメイト達はまだ亜沙子のことを恐れていたのだ。



昼休み加奈が教室で文庫本を読んでいる時、加奈に話しかけてくる者がいた。文庫本に視線を落としていた加奈の視界が暗くなり、周りを数人の生徒たちに囲まれたことに気づいて顔を上げた。そこには数人の女子、男子がいてその真ん中には中村愛がいた。



全員加奈を否定したり見下すようなまなざしで見ていた。女子の一人が話しかけてきた。

「加奈、愛に聞いたわよ。ピアノ発表会であんたが優勝したのは愛を邪魔したからだそうね。」

「愛ちゃんを邪魔した?何を言ってるの?」

加奈は彼らの威圧感に気おされながらも答えた。



「またシラをきるのかよ。どうしようもねえ奴だな。」

男子が呆れたようにため息をついた。愛が加奈に向かって口を開いた。



「いいわけじみたみたいに思われるから今まで言わなかったけれど、加奈の本性が皆に知れ渡っていい機会だからこの際言うわ。この子、外ではすごく大人しいくせして家ではすごく私に偉そうな態度をとるのよ。クラスの皆が見たらびっくりするぐらいにね。」



加奈は愛の言葉と加奈が家で愛達にこき使われている光景が、全く交じり合わない水と油のように感じられ、絶句した。頭がおかしくなりそうだった。いつ加奈が愛に対して傲慢な態度をとった?そんなことは愛の家に住み着いてから一度としてない。



身の回りの世話を従順に文句も言わずこなし、肩身を狭く生活しこそすれ、そんな態度をとった覚えはない。加奈は眉の端を下げ悲しむ表情をした。



「愛ちゃん、いい加減なこと言わないで。どうしてそんな嘘をつくのよ。」

「ほら見た?こんな風にこの子は外面はいいのよ。皆から嫌われないようにするためにね。」



愛の言ったことに皆が疑いもせず頷いている。加奈は瞬間悟った。ここでいくら愛のいう事を否定しても偽善者扱いされて愛の思う壺になるということを。



「発表会に出るって加奈が決めてから、私、家のピアノこの子に占領されちゃってろくに発表会まで練習できなかったのよ。」

「えーっ!それひっどーい!」



愛の現実にありもしない作り話に皆疑いもせず聞き入り、加奈にブーイングを向ける。

「それは逆よ。普段から愛ちゃん私にピアノに触れることすら許してくれなかったじゃない。」

「へんな嘘をついて言い訳しないで!見苦しいわよ!」



加奈のわずかな抵抗に対して愛は自分を棚上げして加奈を非難した。なんだなんだと他の生徒達が加奈の所に寄ってきて、事情を聞くと苦い顔をして加奈を批判的な目つきで見た。愛は更に追い討ちをかけるように言った。



「それに練習用の私の楽譜まで隠してしまうし。そこまでして優勝したいなんて私なら思わないわ。」

加奈を囲む生徒たち皆が皆、一方的に激しく非難してきて、加奈はもはや言い返す気力はなく、額に熱を帯び気が遠くなりそうだった。周りを仰ぎ見ると取り囲む生徒たちの間に見えた亜沙子と瞬間目があった。



亜沙子は初めからこの状況を黙って見つめていたようだった。数秒間視線を交えた後、亜沙子は関わるつもりなどないというようにぷいっと向こうを向いてしまった。皆のように加奈を非難しようとも加奈を助けようともしない。



以前彼女が言った言葉どうり加奈のことはもう相手にしないことを忠実に守っているようだった。

「加奈がそんなことしなければ例年通り愛が優勝していたんじゃないか。」

誰かがそういうと、周りからそうだそうだと同意の声が次々に上がった。



「もう俺たちはお前の善人面した猫の皮に騙されないからな。」

「そうよ、神楽坂さんの妹さんをいじめた事といい、ひどすぎるわ。よくもこんな汚いことして優勝したのに皆からの賛辞を何食わぬ顔で受けれたものだわ。」

「あんたなんかにピアノ教えてもらう気なんかもうなくなったわ。」



昼休みの間中、加奈はどこにも逃げる場はなくクラスメイト達に罵倒され続けた。その一つ一つが加奈の心に深く突き刺さる。すでに誤解を解こうとする気力はもはやない。否定すればますます彼らの非難の勢いを増長するような感じだったので、加奈はただ押し黙り俯いているだけだった。



膝に置いたこぶしをギュっと握りしめた。目に涙が浮かび、泣くのを堪えていた。クラスメイトの声が飛び交う中加奈は思う。亜沙子の妹をいじめたという無実の罪を着せられ、今度は更に愛が追い討ちをかけるように嘘をでっち上げて加奈を陥れようとしている。加奈ははっとした。涙が引っ込む。



これはもしや全て誰か同じ人物が計画したことではないか。加奈に恨みを持つ人物。目の前に立ちはだかる生徒たちの真ん中に腕を組んで加奈を見下ろしている人物を見て目が合った。勝ち誇ったようないやらしい笑みを浮かべて加奈を見ていた。加奈は悟った。



彼女は加奈が発表会に優勝して黙っているような性格の人間ではなかったのだ。まして加奈の優勝を素直に喜んで迎えてくれる人間でもない。誰よりも優秀で誰よりもプライドが高い彼女が特に特技もなさそうな平凡な加奈に負けて黙っているはずがない。



プライドを傷つけられたことを怒り必ず報復してくるはずだ。やはり愛は加奈の知らないところで着実と恨みを晴らすべく計画を立て実行していたらしい。来るべくこの日のためにあえて加奈には直接手を出さずに計画を駆使して陥れようとしたに違いない。



以前あった暴力事件で愛は亜沙子に痛い目を食わされている。恨みを晴らすにはまず、亜沙子を加奈から引き離すことに手をつけたのだ。そう考えれば何故無実の罪を着せられて亜沙子との仲を引き裂かれたのかも納得がいく。



周囲を巻き込み加奈を孤立させたところで愛はとどめを刺しにきたのだ。今のところ愛の思うとおりに事が運んでいることに加奈は恐怖を覚えた。



不気味に笑う愛の顔を見ているとこれからどんどんクラスから孤立して皆からの扱いがますますひどくなるような予感を感じていた。
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