第55話 愛の新たな企み
文字数 3,451文字
ピアノ発表会で一時注目されたことで加奈に話しかけてくる生徒が増えた。その中にどうして亜沙子なんかと仲良くしているのかと聞いてくる者がいて加奈は返答に困った。生徒の一人が以前亜沙子の身に起こったこの学校での過去の出来事を教えてくれた。
もちろん加奈から聞いたわけではなくその生徒が勝手に話し出したのだ。話を聞いた加奈はただただ驚いた。信じられない、亜沙子から以前ある生徒達に私物を破壊され怪我を負わせたことがあることは聞いていたが、真相がそんなにもすごかったとは。
亜沙子とその生徒達との格闘はすさまじかったらしい。亜沙子だけが皆を避けているのではなくて、皆が亜沙子を恐れて近づこうとしなかったのか。そういえばクラスメイトが何かの必要事項を亜沙子に伝える時、どうしてそんなに緊張してるんだろうと疑問に思っうくらい怯え震えていた。
どこまでが本当かわからないが生徒達に広まった噂ではクラスで一番喧嘩が強いといわれていた男子生徒を亜沙子は回し蹴り一発でKOしたらしい。加奈が教室の後ろのほうで友人と話してるその男子生徒を見ると、とても体格がよくて確かに強そうだと思った。
普段見慣れた冷めた印象の受ける亜沙子が怒りをあらわにして、その見た感じは強そうには見えないスレンダーな体で暴力を振るう姿を想像することは困難だった。あっ、と加奈は声を上げた。話をしていた生徒がどうしたの?と不思議そうに聞いてきたが、加奈は何でもないと首を振った。
亜沙子が倒したという男子をもう一度見た。彼は確か加奈がこの学校に転校してきてしばらくして、加奈をリンチしようした愛らと一緒にいた男子だった。加奈はあの日のことを思い出していた。愛らに痛めつけられそうな絶対絶命の場面で亜沙子が助けに来てくれた。
あの時はどうしてあんなにすんなり彼らが加奈を解放してくれたのか疑問に思っていたが、今聞いた話で納得した。亜沙子にちょっかいを出し、返り討ちにあって怪我を負わされた生徒達というのは愛達だったのだ。愛ならば、勉強、スポーツが出来て皆と仲良くしない亜沙子に目をつけていじめの標的しようとしそうである。
しかしそれは誤算だった。予想に反して亜沙子はとんでもなく強かったという事か。その証拠に彼らはあの時、亜沙子を恐れていた。よほど強烈な仕返しを過去に受けたのだろうか。それにあれから加奈は彼らに暴力を振るわれるようなことはなかった。亜沙子が一緒にいてくれているからに違いない。
対等な関係で仲良くしていたつもりでも、亜沙子が裏で黙って押し売りしたりはせずに加奈のことを見守っていてくれていたのだ。こうして無事に学校生活を送れているのも亜沙子のおかげだった。加奈は何だか嬉しくもあり、感謝したが、守ってもらっていて情けなかった。
愛達いじめグループもそれ以来亜沙子に手が出せないらしい。下手にちょっかいを出すと彼らが危ないというわけだ。熱いものに触ると火傷するように。トイレに行っていたのか亜沙子が帰ってきて加奈の隣の自分の席についた。数日前に席替えがあって加奈と亜沙子は運よく隣同士になれた。
加奈に話しかけていた生徒たちが亜沙子が戻ってきた途端、話題にしていた当人が来て気まずくなったのかそそくさと避けるように加奈から離れていった。加奈は座って次の授業の用意をする亜沙子の横顔をじっと見つめた。冷ややかな感じの目元はいつもと変わらず、その細く綺麗ですらっと伸びた長い足で男子生徒を蹴り倒したなんてにわかには信じられない。
加奈の視線に気づいたのか亜沙子は手を止めて加奈のほうに顔を向けた。
「何?」
「う、ううん。何でも無い。」
目が合って加奈はあわてて手を激しく振った。亜沙子はさっきまでも冷めた表情を溶かして、学校では加奈以外には絶対に見せないであろう微笑を浮かべた。加奈は思わずドキッとする。
「何よー。私の顔に何かついてる?」
身を乗り出して加奈の肩を揺すった。笑いかけながら思う。亜沙子は確かに加奈以外の生徒にも先生にも無愛想だが、皆に多大な迷惑を自ら掛けるような人間には思えなかった。
少なくとも加奈は亜沙子と接する中で亜沙子は加奈のことをよく見てくれる。悪意や毒の無い加奈のことを本当お人よしね、嫌なことは嫌と言わなきゃ駄目よと呆れて言いながらも加奈のそんなところを気に入ってくれて認めてくれた。
この学校に転校してきて右も左もわからなくて本当なら一緒に住んでいる愛が案内してくれなければならないところ、愛が何もしてくれない中で亜沙子が率先して加奈の手を引っ張って案内してくれた。どうしてこんなに親切にしてくれるのと亜沙子に聞いたことがあった。
そうねと首を傾げて少し考えてから亜沙子は言った。
「似てるのよね。私の妹に。大人しくて悪いことができないとことか。なんか見ててほっとけない感じだからかな。」
そんな亜沙子の顔を見ていると妹にも同じようにこんな優しい顔を向けているんだろうかとぼんやり思った。そんな亜沙子を見てきたからとても悪いことをするような人間には見えなかった。
亜沙子が秘密の場所に加奈を連れて行ってくれた時、彼女が話してくれたことをもちろん加奈は信じている。クラスメイト達は亜沙子が暴力事件を起こしたという事しか知らないみたいで、どうして亜沙子がそんなことしたのかという真相は知らないようだ。
だから亜沙子がけんかの強い男子生徒を倒してしまうほどに強く、恐ろしい存在というイメージだけが強調されて一人歩きしてしまったのだろう。皆の彼女に対する態度がぎこちないのはそのせいだ。どうやら加奈と周囲の人間の亜沙子に対するイメージにはかなりのズレが存在するようだ。
加奈は周りの噂に踊らされて亜沙子を見る目を変えるつもりは無かった。だって加奈は死んだ母やおばあちゃんと同様に、亜沙子のことも大好きだったからだ。
ある日の日曜日の昼下がり、愛は近所の比較的大きくつくられた公園にいた。公園の中には背の高いフェンスで囲まれたグランドがあり野球やサッカーをして楽しんでいる子供たちがはしゃぎ声を上げていた。所々に小さな子が遊べる遊具が植えつけられ木々や草花の緑を縫って設置されていて、子連れの主婦やその父親たちでにぎわっていた。
絶好の天気日和で射してくる光が目に眩しかった。愛の目の前には小学三年生の少女と少年が立っていて、愛の両隣には亜沙子に怪我を負わされた男子と女子がいた。少女と少年は亜沙子の妹と同じ学年で同じクラスだった。
彼らは男子と女子の妹弟達で愛達同様にクラスを取り仕切っている中心的立場にいる人間だった。
「いい、あなた達、あなた達のクラスにいる神楽坂煉をいじめのターゲットにしていたぶりなさい。」
「神楽坂煉?どんな奴だったかな?」
「ほら、どじでクラスで目立たない子いるでしょ。」
愛に言われて少年と少女は顔を見合わせて確認しあった。その様子を見て愛は神楽坂煉という少女がクラスで極端に存在感の薄い生徒なのかと知った。目立ちたがりで明るい性格の生徒ならばいじめるには困難であると踏んでいたため、神楽坂煉がそのような人間であることは好都合だった。
「でもどうしてそんなことしないといけないんですか?」
少女が首を傾げて聞いてきた。愛は両隣に立つ男子と女子に目を向けてから言った。
「ちょっと前にあったことなんだけれど、あなた達のお姉さんとお兄さんがね、その神楽坂煉の姉に一方的に暴力を振るわれて怪我をしてしまったのよ。」
「あ、そういえば兄ちゃんが顔に大きなシップ張ってて、何があったか聞いても教えてくれなかったけど、そういうことだったんだ。」
思い出したように少年がぽんと手を叩いていった。
「私たちがその仕返しに神楽坂煉をいじめろと、そういうことですか。」
少女が落ち着いた口調で愛を見つめる。
「なかなか察しがいいわね。その通りよ。」
「でもそんなことしたら神楽坂の姉が黙ってないんじゃないですか?お姉ちゃんたちが怪我を負わされるくらいだから、すごく怖い人なんじゃ・・・。」
「神楽坂の姉もいじめは止めようとするだろうけどまさか下級生相手に暴力を振るったりはしないでしょう。第一以前に一度暴力事件起こして先生等に目を付けられているんだから下手なことは出来ないはずよ。それに私にいい考えがあるから・・・・。」
周囲を見回した後、愛が内緒話でもするかのように声のトーンを落として少年と少女に顔を近づけた。昼下がりの公園でひそかに数人の小学生たちによる密談がかわされるのであった。
もちろん加奈から聞いたわけではなくその生徒が勝手に話し出したのだ。話を聞いた加奈はただただ驚いた。信じられない、亜沙子から以前ある生徒達に私物を破壊され怪我を負わせたことがあることは聞いていたが、真相がそんなにもすごかったとは。
亜沙子とその生徒達との格闘はすさまじかったらしい。亜沙子だけが皆を避けているのではなくて、皆が亜沙子を恐れて近づこうとしなかったのか。そういえばクラスメイトが何かの必要事項を亜沙子に伝える時、どうしてそんなに緊張してるんだろうと疑問に思っうくらい怯え震えていた。
どこまでが本当かわからないが生徒達に広まった噂ではクラスで一番喧嘩が強いといわれていた男子生徒を亜沙子は回し蹴り一発でKOしたらしい。加奈が教室の後ろのほうで友人と話してるその男子生徒を見ると、とても体格がよくて確かに強そうだと思った。
普段見慣れた冷めた印象の受ける亜沙子が怒りをあらわにして、その見た感じは強そうには見えないスレンダーな体で暴力を振るう姿を想像することは困難だった。あっ、と加奈は声を上げた。話をしていた生徒がどうしたの?と不思議そうに聞いてきたが、加奈は何でもないと首を振った。
亜沙子が倒したという男子をもう一度見た。彼は確か加奈がこの学校に転校してきてしばらくして、加奈をリンチしようした愛らと一緒にいた男子だった。加奈はあの日のことを思い出していた。愛らに痛めつけられそうな絶対絶命の場面で亜沙子が助けに来てくれた。
あの時はどうしてあんなにすんなり彼らが加奈を解放してくれたのか疑問に思っていたが、今聞いた話で納得した。亜沙子にちょっかいを出し、返り討ちにあって怪我を負わされた生徒達というのは愛達だったのだ。愛ならば、勉強、スポーツが出来て皆と仲良くしない亜沙子に目をつけていじめの標的しようとしそうである。
しかしそれは誤算だった。予想に反して亜沙子はとんでもなく強かったという事か。その証拠に彼らはあの時、亜沙子を恐れていた。よほど強烈な仕返しを過去に受けたのだろうか。それにあれから加奈は彼らに暴力を振るわれるようなことはなかった。亜沙子が一緒にいてくれているからに違いない。
対等な関係で仲良くしていたつもりでも、亜沙子が裏で黙って押し売りしたりはせずに加奈のことを見守っていてくれていたのだ。こうして無事に学校生活を送れているのも亜沙子のおかげだった。加奈は何だか嬉しくもあり、感謝したが、守ってもらっていて情けなかった。
愛達いじめグループもそれ以来亜沙子に手が出せないらしい。下手にちょっかいを出すと彼らが危ないというわけだ。熱いものに触ると火傷するように。トイレに行っていたのか亜沙子が帰ってきて加奈の隣の自分の席についた。数日前に席替えがあって加奈と亜沙子は運よく隣同士になれた。
加奈に話しかけていた生徒たちが亜沙子が戻ってきた途端、話題にしていた当人が来て気まずくなったのかそそくさと避けるように加奈から離れていった。加奈は座って次の授業の用意をする亜沙子の横顔をじっと見つめた。冷ややかな感じの目元はいつもと変わらず、その細く綺麗ですらっと伸びた長い足で男子生徒を蹴り倒したなんてにわかには信じられない。
加奈の視線に気づいたのか亜沙子は手を止めて加奈のほうに顔を向けた。
「何?」
「う、ううん。何でも無い。」
目が合って加奈はあわてて手を激しく振った。亜沙子はさっきまでも冷めた表情を溶かして、学校では加奈以外には絶対に見せないであろう微笑を浮かべた。加奈は思わずドキッとする。
「何よー。私の顔に何かついてる?」
身を乗り出して加奈の肩を揺すった。笑いかけながら思う。亜沙子は確かに加奈以外の生徒にも先生にも無愛想だが、皆に多大な迷惑を自ら掛けるような人間には思えなかった。
少なくとも加奈は亜沙子と接する中で亜沙子は加奈のことをよく見てくれる。悪意や毒の無い加奈のことを本当お人よしね、嫌なことは嫌と言わなきゃ駄目よと呆れて言いながらも加奈のそんなところを気に入ってくれて認めてくれた。
この学校に転校してきて右も左もわからなくて本当なら一緒に住んでいる愛が案内してくれなければならないところ、愛が何もしてくれない中で亜沙子が率先して加奈の手を引っ張って案内してくれた。どうしてこんなに親切にしてくれるのと亜沙子に聞いたことがあった。
そうねと首を傾げて少し考えてから亜沙子は言った。
「似てるのよね。私の妹に。大人しくて悪いことができないとことか。なんか見ててほっとけない感じだからかな。」
そんな亜沙子の顔を見ていると妹にも同じようにこんな優しい顔を向けているんだろうかとぼんやり思った。そんな亜沙子を見てきたからとても悪いことをするような人間には見えなかった。
亜沙子が秘密の場所に加奈を連れて行ってくれた時、彼女が話してくれたことをもちろん加奈は信じている。クラスメイト達は亜沙子が暴力事件を起こしたという事しか知らないみたいで、どうして亜沙子がそんなことしたのかという真相は知らないようだ。
だから亜沙子がけんかの強い男子生徒を倒してしまうほどに強く、恐ろしい存在というイメージだけが強調されて一人歩きしてしまったのだろう。皆の彼女に対する態度がぎこちないのはそのせいだ。どうやら加奈と周囲の人間の亜沙子に対するイメージにはかなりのズレが存在するようだ。
加奈は周りの噂に踊らされて亜沙子を見る目を変えるつもりは無かった。だって加奈は死んだ母やおばあちゃんと同様に、亜沙子のことも大好きだったからだ。
ある日の日曜日の昼下がり、愛は近所の比較的大きくつくられた公園にいた。公園の中には背の高いフェンスで囲まれたグランドがあり野球やサッカーをして楽しんでいる子供たちがはしゃぎ声を上げていた。所々に小さな子が遊べる遊具が植えつけられ木々や草花の緑を縫って設置されていて、子連れの主婦やその父親たちでにぎわっていた。
絶好の天気日和で射してくる光が目に眩しかった。愛の目の前には小学三年生の少女と少年が立っていて、愛の両隣には亜沙子に怪我を負わされた男子と女子がいた。少女と少年は亜沙子の妹と同じ学年で同じクラスだった。
彼らは男子と女子の妹弟達で愛達同様にクラスを取り仕切っている中心的立場にいる人間だった。
「いい、あなた達、あなた達のクラスにいる神楽坂煉をいじめのターゲットにしていたぶりなさい。」
「神楽坂煉?どんな奴だったかな?」
「ほら、どじでクラスで目立たない子いるでしょ。」
愛に言われて少年と少女は顔を見合わせて確認しあった。その様子を見て愛は神楽坂煉という少女がクラスで極端に存在感の薄い生徒なのかと知った。目立ちたがりで明るい性格の生徒ならばいじめるには困難であると踏んでいたため、神楽坂煉がそのような人間であることは好都合だった。
「でもどうしてそんなことしないといけないんですか?」
少女が首を傾げて聞いてきた。愛は両隣に立つ男子と女子に目を向けてから言った。
「ちょっと前にあったことなんだけれど、あなた達のお姉さんとお兄さんがね、その神楽坂煉の姉に一方的に暴力を振るわれて怪我をしてしまったのよ。」
「あ、そういえば兄ちゃんが顔に大きなシップ張ってて、何があったか聞いても教えてくれなかったけど、そういうことだったんだ。」
思い出したように少年がぽんと手を叩いていった。
「私たちがその仕返しに神楽坂煉をいじめろと、そういうことですか。」
少女が落ち着いた口調で愛を見つめる。
「なかなか察しがいいわね。その通りよ。」
「でもそんなことしたら神楽坂の姉が黙ってないんじゃないですか?お姉ちゃんたちが怪我を負わされるくらいだから、すごく怖い人なんじゃ・・・。」
「神楽坂の姉もいじめは止めようとするだろうけどまさか下級生相手に暴力を振るったりはしないでしょう。第一以前に一度暴力事件起こして先生等に目を付けられているんだから下手なことは出来ないはずよ。それに私にいい考えがあるから・・・・。」
周囲を見回した後、愛が内緒話でもするかのように声のトーンを落として少年と少女に顔を近づけた。昼下がりの公園でひそかに数人の小学生たちによる密談がかわされるのであった。