第50話 べ、別に苦手ってわけじゃないんだからねっ!

文字数 3,113文字

入場料を彼が出すと言ったが、真琴は自分の意志で入るんだからと、入場料だけは払った。一緒に入ると了承したものの、真琴は彼と並んで歩くことに気恥ずかしさを感じていた。少し離れて歩こうかと思ったが、かえって不自然に見えるかもしれないと思ってやめた。



周りを見回すと、家族づれ、男友達、女友達の集まりといった人々もいたが、やはり目をひきつけられたのは男女の恋人カップルだった。手を仲良くつないだり、べったりくっついていたり、仲良くソフトクリームを一緒に食べていた。



真琴と柿本は周囲の人間から見たらどういう関係に見られるんだろう。男女の友達、姉弟、兄妹というのもあまり遊園地という場所柄、考えられない。これが複数のグループならばそれも頷けるが、真琴たちは二人きりである。



恋人同士に見られているのかもしれないと思うと真琴は顔から火が吹き出そうだった。もちろん周りの人間は全く面識のない他人であるから真琴たちの間柄など気になどしないだろうとわかっていても真琴は落ち着くことができなかった。万が一、今彼とここにいるところを学校のクラスメイトとばったり会って見られでもしたらと考えると、気が気でなくなり真琴は遠くに飛んでしまいたい気分になるだろう。



隣を歩く彼の様子を見ると全く動揺した様子もなく、いつものニコニコ顔で気分よさそうに歩いている。真琴はこんなにも動揺しているのにと真琴は頬を膨らまして彼の顔を恨めしそうに見つめた。ふと彼が目を細めて優しげに表情を緩めていた。どうしたんだろうと真琴は彼の視線の先を追ってみると、ちょうど向こうから一組の家族連れがやってくるところだった。



母親と父親の間に小さな女の子がいて、左右に一つずつ父と母の手をつないで歩いていた。女の子は無邪気な顔を左右交互に向けて笑っていた。真琴はその家族と彼の顔を見返した。彼はまだ家族らと距離があるのをいいことに遠くの景色を撮るふりをして、カメラのズームを使って家族の一場面を写真に収めた。



「それって・・盗撮じゃないかしら・・・?」

ぼそっと真琴はつぶやくと聞こえたらしく彼がカメラから目を離して言った。

「まあまあ、かたいこと言わないで。別に変な目的で写真を取ってるわけじゃないんだから。絵のイメージの参考にする為だよ。」



その通りなので真琴はそれ以上は何も言わずやれやれとため息をついただけだった。

「さてと・・・じゃあ、どの乗り物から乗りますか。」

周りを見渡してから真琴に向き合って彼は言った。

「別に無理に乗り物に乗らなくてもいいんじゃないかしら。遊園地の雰囲気が感じられればいいんでしょ?」



真琴は、彼といれば傍から見て恋人という風に見えることに抵抗を感じて、遊具には乗り気でなかった。彼はきっぱりとした言葉で、真琴の意見を否定してきた。

「いやいや、この雰囲気を感じるためには自らもその渦中に入っていかねば、本質はつかめないからね。外から見てるだけなのと実際に体験してみるのとでは大違いさ。」



急に論理的で真面目なことを彼は言ったが、彼の笑んだ表情とは全然合ってなかったので説得力を感じなくて、真琴は何だかおかしくなって笑った。

「ホントかしら?ただ単に遊んで楽しみたいだけじゃないでしょうね?」

「それもあるけど、真の目的はさっき言った通りさ。」



遊びか絵のためなのか、どちらに重きを置いているのかまったく読めず、怪しかった。

「じゃあ、あなた一人で行って来たらどう?私ここで待ってるから。」

「それは駄目だ。僕を待っている間に君がこっそり逃げ出すかもしれないからね。ねえ、せっかく来たんだから君も楽しもうよ。」

真琴はぽかんとした。呆れ顔になってため息をついてから言った。



「逃げ出すか・・・信用ないわけね・・・・わかった。一緒に行けばいいんでしょ。」

そうか、逃げるという手もあったかと今更ながら言われて気づいたが、元々真琴はもう逃げるつもりも帰るつもりもなく、彼の目的に同情したので観念していた。

「わかってくれたかい?じゃあ一番最初という事で景気づけにジェットコースターいってみようか。」

「え。」



彼は遠くに見える高い位置に設置されたジェットコースターの乗り場を指差して元気よく言った。ちょうどそこから客を乗せたコースターがこちらに向かって走ってきたところで、真琴と彼の真上のレーンを通り過ぎた。車輪が通過する激しい衝撃音と乗客の高い悲鳴が真琴の耳に届いて残り、こめかみに汗が一筋たらりと流れた。





コースターが元の終着地点に戻ってきて、真琴と柿本は出口階段を下りていった。

「気持ち悪い・・・。」

真琴はふらついてバランスを崩しそうになったが、すぐ彼が体を支えてくれた。彼の肩の辺りに真琴の頭が密着する格好だった。彼の顔がまじかになり真琴は胸がどきりとして高鳴った。彼が真琴の顔を覗き込んで言った。



「やっぱり無理しない方がよかったかな。」

「だ、大丈夫よ。これくらい。少し眩暈がしただけよ。」

真琴は彼を引き離そうと押しやったが、弱々しかった。彼が離れて真琴は一人で立とうとしたがすぐにふらついて、彼がまた手を出してきた。

「少しそこのベンチで休もうか。」



平気だからと言ったが彼はいいからと真琴をベンチまで連れて行って座らせようとした。仕方なく真琴は彼の言うとおりにした。彼が隣に腰掛けながら言った。

「乗る前の君の様子を見てたんだからやっぱり乗せるべきじゃなかったね。」

コースターに乗る前、他の客達と並んで待っている時、真琴は少し震えていた。彼が真琴のその様子に気がついて言った。



「真琴さん、顔色悪くないか?もしかしてジェットコースターが苦手とか?」

「そんなことあるわけないでしょう。」

「そう?僕に付き合うためでって言うなら別に無理しなくていいんだよ。今からでも乗るのやめてもいいからさ。」

「もう、大丈夫って言ってるでしょっ!」



心なしか大きな声を出してしまった真琴は他の客達の注目を集めてしまい、真琴はしまったと俯いて下を向いた。そうして真琴はこみ上げてくる恐怖感と不安感を無理やり押さえつけてコースーターに乗ったため、現在ベンチで休む羽目になっていた。実は絶叫系のマシーンは苦手だった。



以前小学校の遠足で遊園地に来た時も初めて絶叫マシーンに乗って今回のように気分が悪くなった。その時もあまり乗りたくなかった。ワクワクしている子供達の中、真琴は心細げに一人不安に思っていた。そんな苦い過去があったが、柿本に絶叫系は駄目だと言えなかった。もし言えば馬鹿にされるかもしれなく、しゃくだったから変に意地になって、乗ったのだ。頭を抱えるようにして座っている真琴に彼が少し笑いを漏らして言った。



「君って意地っ張りだね。」

「別に意地なんて張ってないわ。今日は調子が悪かっただけよ。」

「ププ・・・変なところで負けず嫌いだしね。あんまりむきになってると体が持たなくなるよ。」

「う、うるさいわね。余計な御世話よ。」

ぷいっと真琴は彼に顔を背けて言った。



「でも・・僕は好きだけどね。君のそういうところ。」

「え?」

真琴は振り返って彼の顔を凝視した。さわやかで優しい笑顔の彼がそこにいた。この大事なものを温かく見守るような表情は・・・そう、音楽室に来た彼が絵を描いている時に見せていたものだった。彼は真琴の鼻先を人差し指の先でちょんっと触れた。



彼は今好きと言った。好きという言葉が真琴の中で壊れたラジオのように何度も繰返されている。どういう意味の好きなのか、彼に聞けるはずもなく真琴はただかたまって座っていた。



「さあて次はもう少しゆったりしたものに乗ろうか。」

彼は真琴のそんな状態などお構いなしの様子で伸びをして明るく言った。
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