第31話 愛と神楽坂の因縁

文字数 2,132文字

「来るのが遅いと思っていたら、こういうことだったのね。」

その口ぶりから神楽坂は加奈の来るのが遅いので誰もいなくなった教室を見に行き、不審に思い、ここまでやって来てくれたようだった。しかしここまで加奈を見つけ出してくれたのはいいが、このままだと加奈共々、彼女まで愛達に暴力を振るわれてしまう。ここでは人気がなく助けを呼べない。



「亜沙子ちゃん、逃げて!ここにいたらあなたまでひどい目にあわされてしまうわ。早く先生を呼んできて。」

加奈が緊迫した態度で言うと、神楽坂は対照的に落ち着き払った様子で笑い、首を左右に振った。

「大丈夫。その必要はないわ。」



神楽坂の言葉の意味が理解できず、でも・・と言いかけた時、初めて加奈は気がついた。愛を含む三人の様子がおかしかった。加奈を面白がっていたぶろうとしていたさっきまでの余裕の色が完全になくなっている。それどころか戸惑い、あせりが彼らの表情からはっきりと見て取れた。



「・・・神楽坂さん、これはあなたには関係のないことよ。口を出さないでくれる?」

愛が努めて冷静さを装ってそう言ったようだったが、あきらかに無理をしているのがわかる。神楽坂は重いため息をつき言った。

「関係なくはないわよ。」



「あなたには迷惑かけてないでしょ。さっさと出てってもらえないかしら。」

「友人が暴力を受けそうになっているのに黙って帰る馬鹿がどこにいるのよ。」



愛の言葉に神楽坂は一瞬にして険しい顔つきになり、愛達を睨み据えた。彼らがびくりと体を震わすのが近くにいた加奈によく伝わってきた。言葉に出されなくてももちろん信じていたことだが、神楽坂が加奈のことを友人だと言ってくれて、胸がきゅんと熱くなった。



「その子を放しなさい。」



神楽坂が凄みのある冷たい口調で言った。男子は急におろおろした表情をし、愛と神楽坂の顔を交互に見返した。愛が苦い顔だったが放してやれ、と言ったので男子は加奈の首から手を引いた。加奈は崩れるようにその場にしゃがみこんで首を押さえると咳き込んだ。



「加奈、こっちに来て。」

神楽坂に呼ばれて加奈はふらついた足取りで立ち上がり、彼女の側まで行った。加奈を後ろに庇うようにして彼女が前に立つと、大丈夫だった?怪我はないと加奈の肩に手をやって話しかけてきたので、加奈は笑顔を作りありがとう、大丈夫よと言った。神楽坂は改めて三人の方に向き直った。



「前に言ったわよね。私に手を出したらただじゃおかないって。この子に何かするってことは私にけんかを売るってことよ。」

愛達が何も言い返せず、あきらかに動揺し怯えている。加奈は神楽坂の横顔を見つめた。今にも獲物をとり殺そうとするかのような威圧的な鋭い目つきだった。加奈も自分に向けられたものではないのに体が震え上がった程だ。



「今度だけ見逃してあげる。でも次何かしたら・・・・わかってるわね。これは忠告よ。」

彼らに充分の睨みを利かせた後、神楽坂は加奈の方に向き直り、じゃあ、遅くなったけれど帰りましょうかと言った。その顔はもういつも通りの涼しげな彼女の表情に戻っていた。



加奈は頷いて彼女と共に入り口に向かって歩き出したものの、状況がうまく飲み込めず、何が起こったのかわからなかった。ちらちらと後ろにいる彼らを振り返ると、三人共険しく悔しそうな視線をずっとこちらに送ってきていた。とりあえず助かったのは良かったけれど・・・・・。



あの三人を震え上がらせる神楽坂って一体・・・?さっきの神楽坂の口ぶりから察するに、昔彼らと彼女の間で何が起こったのだろうか?側を並んで歩く彼女に聞こうとしたが、躊躇われた。以前神楽坂は加奈に、過去は人それぞれ話したくなければ言わなくいい、と言ってくれた。それは彼女にも当てはまることではないか。



加奈がむやみやたらと聞いて彼女の過去を掘り下げるのはいけないことのような気がした。さっきの出来事について彼女は何も話そうとはしない。だから加奈も聞くのをあきらめた。もし神楽坂ともっと親しくなって話したくなったら、彼女から話してくれるかもしれない。



加奈に出来るのは気長にそれを待つことだけだった。神楽坂は加奈を助けてくれた、それが確かな真実で、それだけで十分なのではないだろうか。そういえばと加奈は思い出した。神楽坂が初めて話しかけて来た時のことだ。おそらくあの時からすでに彼女はあの三人から加奈を守ってくれていたのだ。きっと・・・。





旧校舎の廊下に並んだ錆の浮いたロッカーが大きな音をたてて凹んだ。愛の怒りの持って行き場がそこだった。

「くそっ、何でよ!何であの誰ともつるまない神楽坂亜沙子が加奈を守ったりするのよ!」

イラつきを隠さずにあらわにして愛は叫ぶように言った。

「ほんと、何でだろうな。でも神楽坂が来た時はびびったよ。前みたいな目に合うんじゃないかって内心ひやひやしちまった。」

男子が命拾いしたという口調で言う。



「残念だけどこれで手が出せなくなったわね。もし何かすれば神楽坂が黙ってないわ。」

髪の長い女子が声のトーンを落として呟いた。

「神楽坂もむかつくけど、何食わぬ顔して守ってもらってるあいつが一番許せないわ。いつか絶対ひどい目に合わせてやる・・・。」



愛は唇を噛みしめ悔しさをあらわしていた。
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