第40話 真琴さんのルーチンワーク?
文字数 3,391文字
六月の半ば、真琴は学校からの帰り道、まっすぐに施設には向かわず寄り道をしていた。この日は音楽室には居残らずに学校を出た。柿本が音楽室に現れるかもしれなかったが、彼がやってくるのはまばらで特に会う約束もしたわけではないので気にしていない。彼が来ない日もあるのでそれは御互い様である。駅前にある大型スーパーで猫の缶詰とキャットフードを買った。
袋を提げてスーパーを出たところで、ばったりとそこを通りかかっていた、こんなところで会うとは思っていなかった人物に出会った。お互いに顔を見合して驚いた顔をしていた。
「真琴さん、こんなところで会うとは珍しい。今日は音楽室には行かなかったんだね。何か御買い物?」
柿本蓉介は真琴の方に寄って言った。手にはキャンパスノートと通学鞄を提げている。
「用事があって今日はもう帰るの。私だっていつもいつも学校に残っている程暇じゃないわよ。」
「まあ、そうだよね。僕もこうして定期的に街の中を散歩して絵のモチーフを探しに行くからね。」
言いながら彼は真琴のスーパーの袋に目をやり観察していた。彼の次の言葉は予想できた。
「真琴さん、家で猫飼ってるの?」
「・・・・飼ってないわ。」
施設で猫を飼うことはできない。しかし彼は真琴が施設で生活していることを知らないから、この猫の餌を見て言った質問は妥当であり当然である。
「え?じゃあその缶詰とキャットフードは君が食べるの?」
「そんなわけないでしょう!」
彼のからかいに真琴はムキになって怒った。大声を出したので道を歩いていた人達が皆こちらを振り返った。しまったと思わず真琴は手を口にあてて顔を赤らめた。猫を飼ってなくて猫の餌を買っていたからといって、そんなことあるわけないだろうに、彼はふざけてみせる。彼は何だか、おちょくってきたことに対して真琴が怒るのを楽しんでいるように見える。
「ぷぷ・・まさか猫の餌が好物ってことはありえないよね。でもじゃあどうして?」
説明するのも面倒くさくなって深いため息をついた真琴は言った。
「時間があるならついて来れば?そうしたらわかるわよ。」
スーパーから数十分程歩いてやってきたのは大きな公園だった。中央には高いフェンスで囲まれた面積の広いグランドがあり、野球やサッカーができそうな大きさだった。グランドのフェンスの外側はマラソンをするために道がコンクリートで舗装されていていてどこかの中学校の陸上部であろうか、数十人のジャージを来た少年少女が走っている。
グランドの外には所々に意図的に配置され植えられた木があり、木のベンチがその側に設置されていた。その間を縫うように綺麗な道が通っていて自転車に乗った人や歩いている人が行きかっていた。グランドと正反対の所には噴水が水を噴き上げていた。真琴と柿本は公園に入っていくと、噴水に近い公園内の隅の方に入っていった。
歩いてきた道からそれて低い位置の濃い緑色のブッシュを抜けるとそこは芝生だった。周りにはたくさんの葉っぱをつけた木がたくさん植えられていて道からはこの場所は視界が遮られて死角になっていた。真琴は木と木の間の少し開けた空間まで来ると立ち止まって腰を下ろし、スーパーの買い物袋から缶詰とキャットフードを取り出した。彼も一緒になって真琴の隣に腰を下ろした。
「白。白。御飯だよ。出ておいで。」
真琴が周囲に声をかけるとどこからともなく子猫の鳴き声が聞こえてきた。
「ニャ~、ニャ~。」
茂みが音を立てて、泣き声が近づいて来る。前方の茂みが揺れてそこから真っ白なまだ小さい子猫が飛び出してきた。幼げな泣き声をあげながら真琴のほうにとことこと小さな軽い足音で寄ってきた。
真琴が手を出すとその白猫は小さな顔を擦り付けてきた。真琴が頭や顎を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めて甘く鳴いた。
「成る程、こういうことだったんだね。」
彼が子猫に目をやって言った。真琴は子猫を抱き上げて抱っこした。
「ちょっと前にね、この子が車で跳ねられて道路で横たわってたところに居合わせたのよ。まだ息があったから私すぐ動物病院に連れて行ったの。そうしたら軽い怪我だったんで本当安心したわ。」
「そうなんだ。この子の親は?」
「それが探したんだけどそれらしい猫は見つからなかったの。この子、親に捨てられたのかもしれない。私の家では猫飼えないし、仕方ないから心配だったけどこの公園において置こうって思ったの。まだ道路とかよりここなら安全でしょ。」
「ふ~ん、それでこうして君が餌を買って与えてるわけだね。」
そうよと真琴は頷いて子猫を下ろして缶詰を開けようとした。彼が子猫においでおいでと手を広げていた。子猫は首を斜めに傾げて彼を小さなまん丸の瞳でじっと見つめていた。
「ああ駄目駄目。この子、私以外にはなついてないから。他の人が近づいてきたら逃げちゃうのよ。」
そういって隣を見た真琴は缶詰の鍵に手をやったのを止めて唖然とした。
「よしよしいい子だね。」
子猫は彼に擦り寄って頭を撫でられていた。信じられなかった。この子が真琴以外の人間になつくなんて。しかもそれが彼だなんて。嬉しいような少し嫉妬のような感情が真琴の中で交錯して彼と子猫の戯れを見つめていた。
「どうしてこの子を救おうって思ったんだい?」
彼が両手で子猫を抱き上げながらふいに真琴に質問してきた。
「それは・・猫が道路で弾かれていてまだ生きてたら誰だって病院に連れて行こうって思うでしょう?」
「まあ、僕でも同じ事をするだろう。人間皆が皆そうするとは限らないっていう事は置いとくとしても、こうして後の面倒を見ることまではなかなかできないしやろうとはしないんじゃない?普通は。猫が大好きとかならわかるけど。」
「それは・・・。」
言葉が詰まった。そういえばどうしてだろう。自分には何のメリットもないことなのに。でも真琴はこの子猫を初めて見たときも病院に連れて行った後も、どうしても放って置くことはできなかった。見て見ぬふりをすることを真琴の心の深い部分が拒絶していたからだ。どうしてだろう。
彼の質問には答えられずに、真琴は缶詰の蓋を開けた。鞄に入った小さなお皿を出してそこに缶詰の中身をあけた。キャットフードを開いて皿に入れる真琴の様子を彼はじっと見つめていた。子猫が彼の手の中から出てきて餌の入ったお皿に真っ白な顔をうずめて食べ始めた。二人ともそんな子猫の様子をじっと見ていて、しばし沈黙が訪れた。近くの道から走り回っている子供のはしゃぐ声が聞こえていた。
「この子、親猫も仲間の猫もいなくてそれにこんなにまだ小さいじゃない?だから面倒見ようって思ったのよ・・・」
真琴がポツリポツリとまるで独り言のようにつぶやいた。
「まだ子猫で親猫もいなくてその上、一人ぼっちで可哀想だからってことかい?」
彼の言葉に真琴はハッした。核心をつかれた様な気がした。彼の言うように真琴はこの子の境遇に同情したのだろうか。愛してくれる親はもういない、心を許せる友達もいない、大切な人も遠い昔に失ってしまった真琴・・。
一人きりの寂しさ孤独から救ってやるためにこの子の面倒を?いや違う。絶対違う。真琴は幼かったあの日、心に誓ったのだ。人を愛さない、人の愛なんかいらない、寂しくなんかはない、一人で大丈夫・・・、そう、平気なんだから・・・。
ならどうしてこの子を放っておかなかったのか・・・。真琴はわからなかった。
「もしかして今の君もこの子猫のようにひとりぼっちだから?」
彼は追い討ちをかけるように言った。
「・・・何言ってるのよ。そんなわけないでしょう。私が孤独で寂しがってるって言うの?そりゃあ、確かに私学校では誰とも仲良くしてないけど、それはわざとよ。人と仲良しこよしするのは私の性に合わないからよ。寂しいなんて思ったことなんて一度もないわ。大体あなた私の何を知ってるって言うのよ。何も知らないくせに失礼なこと言わないで。」
気づけば額に薄っすらと汗をかいていて真琴は強く言い張っていた。言葉では彼のいう事に否定しながらも真琴の心は高鳴って揺れ動いていた。
「そうだね・・・僕は君の事をよく知らない・・見当違いなこといってごめんよ。」
彼はいつもの笑顔ではなく少し弱々しい笑みを浮かべていた。真琴は彼のそんな表情見て先程までの心の動揺が急にしぼんでいき、どうしてか胸のうちが切なくなった。
袋を提げてスーパーを出たところで、ばったりとそこを通りかかっていた、こんなところで会うとは思っていなかった人物に出会った。お互いに顔を見合して驚いた顔をしていた。
「真琴さん、こんなところで会うとは珍しい。今日は音楽室には行かなかったんだね。何か御買い物?」
柿本蓉介は真琴の方に寄って言った。手にはキャンパスノートと通学鞄を提げている。
「用事があって今日はもう帰るの。私だっていつもいつも学校に残っている程暇じゃないわよ。」
「まあ、そうだよね。僕もこうして定期的に街の中を散歩して絵のモチーフを探しに行くからね。」
言いながら彼は真琴のスーパーの袋に目をやり観察していた。彼の次の言葉は予想できた。
「真琴さん、家で猫飼ってるの?」
「・・・・飼ってないわ。」
施設で猫を飼うことはできない。しかし彼は真琴が施設で生活していることを知らないから、この猫の餌を見て言った質問は妥当であり当然である。
「え?じゃあその缶詰とキャットフードは君が食べるの?」
「そんなわけないでしょう!」
彼のからかいに真琴はムキになって怒った。大声を出したので道を歩いていた人達が皆こちらを振り返った。しまったと思わず真琴は手を口にあてて顔を赤らめた。猫を飼ってなくて猫の餌を買っていたからといって、そんなことあるわけないだろうに、彼はふざけてみせる。彼は何だか、おちょくってきたことに対して真琴が怒るのを楽しんでいるように見える。
「ぷぷ・・まさか猫の餌が好物ってことはありえないよね。でもじゃあどうして?」
説明するのも面倒くさくなって深いため息をついた真琴は言った。
「時間があるならついて来れば?そうしたらわかるわよ。」
スーパーから数十分程歩いてやってきたのは大きな公園だった。中央には高いフェンスで囲まれた面積の広いグランドがあり、野球やサッカーができそうな大きさだった。グランドのフェンスの外側はマラソンをするために道がコンクリートで舗装されていていてどこかの中学校の陸上部であろうか、数十人のジャージを来た少年少女が走っている。
グランドの外には所々に意図的に配置され植えられた木があり、木のベンチがその側に設置されていた。その間を縫うように綺麗な道が通っていて自転車に乗った人や歩いている人が行きかっていた。グランドと正反対の所には噴水が水を噴き上げていた。真琴と柿本は公園に入っていくと、噴水に近い公園内の隅の方に入っていった。
歩いてきた道からそれて低い位置の濃い緑色のブッシュを抜けるとそこは芝生だった。周りにはたくさんの葉っぱをつけた木がたくさん植えられていて道からはこの場所は視界が遮られて死角になっていた。真琴は木と木の間の少し開けた空間まで来ると立ち止まって腰を下ろし、スーパーの買い物袋から缶詰とキャットフードを取り出した。彼も一緒になって真琴の隣に腰を下ろした。
「白。白。御飯だよ。出ておいで。」
真琴が周囲に声をかけるとどこからともなく子猫の鳴き声が聞こえてきた。
「ニャ~、ニャ~。」
茂みが音を立てて、泣き声が近づいて来る。前方の茂みが揺れてそこから真っ白なまだ小さい子猫が飛び出してきた。幼げな泣き声をあげながら真琴のほうにとことこと小さな軽い足音で寄ってきた。
真琴が手を出すとその白猫は小さな顔を擦り付けてきた。真琴が頭や顎を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めて甘く鳴いた。
「成る程、こういうことだったんだね。」
彼が子猫に目をやって言った。真琴は子猫を抱き上げて抱っこした。
「ちょっと前にね、この子が車で跳ねられて道路で横たわってたところに居合わせたのよ。まだ息があったから私すぐ動物病院に連れて行ったの。そうしたら軽い怪我だったんで本当安心したわ。」
「そうなんだ。この子の親は?」
「それが探したんだけどそれらしい猫は見つからなかったの。この子、親に捨てられたのかもしれない。私の家では猫飼えないし、仕方ないから心配だったけどこの公園において置こうって思ったの。まだ道路とかよりここなら安全でしょ。」
「ふ~ん、それでこうして君が餌を買って与えてるわけだね。」
そうよと真琴は頷いて子猫を下ろして缶詰を開けようとした。彼が子猫においでおいでと手を広げていた。子猫は首を斜めに傾げて彼を小さなまん丸の瞳でじっと見つめていた。
「ああ駄目駄目。この子、私以外にはなついてないから。他の人が近づいてきたら逃げちゃうのよ。」
そういって隣を見た真琴は缶詰の鍵に手をやったのを止めて唖然とした。
「よしよしいい子だね。」
子猫は彼に擦り寄って頭を撫でられていた。信じられなかった。この子が真琴以外の人間になつくなんて。しかもそれが彼だなんて。嬉しいような少し嫉妬のような感情が真琴の中で交錯して彼と子猫の戯れを見つめていた。
「どうしてこの子を救おうって思ったんだい?」
彼が両手で子猫を抱き上げながらふいに真琴に質問してきた。
「それは・・猫が道路で弾かれていてまだ生きてたら誰だって病院に連れて行こうって思うでしょう?」
「まあ、僕でも同じ事をするだろう。人間皆が皆そうするとは限らないっていう事は置いとくとしても、こうして後の面倒を見ることまではなかなかできないしやろうとはしないんじゃない?普通は。猫が大好きとかならわかるけど。」
「それは・・・。」
言葉が詰まった。そういえばどうしてだろう。自分には何のメリットもないことなのに。でも真琴はこの子猫を初めて見たときも病院に連れて行った後も、どうしても放って置くことはできなかった。見て見ぬふりをすることを真琴の心の深い部分が拒絶していたからだ。どうしてだろう。
彼の質問には答えられずに、真琴は缶詰の蓋を開けた。鞄に入った小さなお皿を出してそこに缶詰の中身をあけた。キャットフードを開いて皿に入れる真琴の様子を彼はじっと見つめていた。子猫が彼の手の中から出てきて餌の入ったお皿に真っ白な顔をうずめて食べ始めた。二人ともそんな子猫の様子をじっと見ていて、しばし沈黙が訪れた。近くの道から走り回っている子供のはしゃぐ声が聞こえていた。
「この子、親猫も仲間の猫もいなくてそれにこんなにまだ小さいじゃない?だから面倒見ようって思ったのよ・・・」
真琴がポツリポツリとまるで独り言のようにつぶやいた。
「まだ子猫で親猫もいなくてその上、一人ぼっちで可哀想だからってことかい?」
彼の言葉に真琴はハッした。核心をつかれた様な気がした。彼の言うように真琴はこの子の境遇に同情したのだろうか。愛してくれる親はもういない、心を許せる友達もいない、大切な人も遠い昔に失ってしまった真琴・・。
一人きりの寂しさ孤独から救ってやるためにこの子の面倒を?いや違う。絶対違う。真琴は幼かったあの日、心に誓ったのだ。人を愛さない、人の愛なんかいらない、寂しくなんかはない、一人で大丈夫・・・、そう、平気なんだから・・・。
ならどうしてこの子を放っておかなかったのか・・・。真琴はわからなかった。
「もしかして今の君もこの子猫のようにひとりぼっちだから?」
彼は追い討ちをかけるように言った。
「・・・何言ってるのよ。そんなわけないでしょう。私が孤独で寂しがってるって言うの?そりゃあ、確かに私学校では誰とも仲良くしてないけど、それはわざとよ。人と仲良しこよしするのは私の性に合わないからよ。寂しいなんて思ったことなんて一度もないわ。大体あなた私の何を知ってるって言うのよ。何も知らないくせに失礼なこと言わないで。」
気づけば額に薄っすらと汗をかいていて真琴は強く言い張っていた。言葉では彼のいう事に否定しながらも真琴の心は高鳴って揺れ動いていた。
「そうだね・・・僕は君の事をよく知らない・・見当違いなこといってごめんよ。」
彼はいつもの笑顔ではなく少し弱々しい笑みを浮かべていた。真琴は彼のそんな表情見て先程までの心の動揺が急にしぼんでいき、どうしてか胸のうちが切なくなった。