第43話 ああ、この家族一家は恐ろしや・・・

文字数 3,119文字

その夜おじたちが帰ってくるまでに加奈とおばあちゃんは一緒に夕食を作り二人で食卓を囲んだ。加奈にとって楽しく会話してご飯を食べたのは久しぶりのことだった。いつもは食材の買い物に行かされ、おばに高い食材を買って怒られないように神経を尖らせてスーパーを何件もはしごした。それから夕食の手伝いをさせられるか作らされるかしていた。



加奈は母の手伝いをしていたので料理には自信があったがおじ、おば、愛の味の好みに合わなければこんなもの食べれないわとなんのためらいもなく料理を捨てられ、まったく役に立たないわねと加奈を非難した。いつもはおじ、おば、愛の三人で食事し三人だけで楽しくおしゃべりして、後で遅いご飯を一人でとる加奈はいつも蚊帳の外だった。



「ただ飯食わせてもらえるだけありがたく思え」、とか「でしゃばると飯抜きにするぞ」と脅しをかけられ、「加奈、ご飯のお代わりを入れて」と命令したり、後片付けももちろん義務付けられていた。だからこんな風に大好きな人と笑顔で食事できることはとても幸福なことなんだと加奈は噛み締めた。おばあちゃんの作ってくれた煮物は甘くてとても優しい味がした。



豆腐の味噌汁から湧き上がる白い湯気を見つめて、いつもこんな風に楽しく食事ができたらいいのになと加奈は思った。

「どうしたの?加奈ちゃんの口には合わなかったかい?」

箸を持つ手をとめたおばあちゃんが、心配そうに少し加奈の陰った顔を覗き込んできてたので加奈はあわてて首を横に振った。

「ううん、とってもおいしいよ。お母さんの作ったご飯思い出しちゃった。」

加奈ははにかんで見せた。



おじたちが帰ってきたのは夕飯も食べお皿を洗い終えて、居間のテレビをおばあちゃんと一緒に見ていた時だった。夜も深まって十一時になろうとしていた。おばあちゃんが来ているのを見るなりおじらは初め驚いてそれからまずいものでも食べたかのような苦い顔を一瞬見せてから、笑顔でおばあちゃんを迎えた。

「まあおばあちゃん来てたの。」

いらっしゃいと笑顔でおばが言った。



「加奈ちゃん一人置いてこんな遅くまで外出はちょっとひどいんじゃないかい?女の子なんだよ。それにご飯の用意もしていかないで、かわいそうじゃないか。」

おばあちゃんがおばらにそう言うと、おばは作り笑いをして弁解した。少し顔が引きつって見えるのは加奈の気のせいか。



「もうおばあちゃんたら、加奈もうんと小さい子じゃないんだから留守番くらい満足にできますよ。それに加奈が夕飯は自分で作れるから気にしなくていいって言ったのよ。私たちがそういうわけにはいかないっていくら言っても聞かなかったんだから。ね、そうでしょ加奈?」

おばあちゃんが加奈の方にそうなのかい、と顔を向けた瞬間、加奈はおばにものすごい顔で睨まれて身が竦んだ。心とは裏腹に加奈は頷かざる負えなかった。



「家事もさせてるのかい。」

加奈が洗濯をしていたことをおばあちゃんが告げると驚いた表情をわざとらしく見せておばは言った。

「まあ加奈そんなことまでしてくれたの。気のつくいい子ね。やってくれなんて一言も言ってないのに。」

それを聞いた瞬間、加奈はさっき食べたものがお腹の中でぐちゃぐちゃに煮え繰り返されるような気持ちになった。帰ってくるまでに洗濯掃除すべてやっておかなければただではおかないとおばにきつく言われていたからだ。



「そうなのかい・・。ありがとうね加奈ちゃん。御手伝いが出来るなんて偉いね。でも無理に全部することはないんだからね。」

おばあちゃんは加奈に優しく言ってから、おばの方に向き直った。

「加奈ちゃんにあまり寂しい思いをさせては駄目だからね。いくら加奈ちゃんがいいっていってもよ。」

気をつけますとおばは言い、おばあちゃんは一応納得したようだった。



「ところで話は変わるけれど今度のピアノの発表会に加奈ちゃんも愛ちゃんと一緒に出ることなったから。あなたたちも応援してあげてね。」

何だってという顔でおばだけでなく、居間に一緒にいたおじと愛も目を見開いた。

「加奈、ピアノ弾けたんだ。」



初め眉間にしわを寄せていたがすぐに愛がわざとらしく驚いて見せた。以前に愛がピアノを弾いている時に少しだけでいいから弾かせてくれないかと駄目元で頼むと、案の上、険しい表情で駄目に決まってるでしょう、私のピアノに指一本触れたら許さないからねと申し出を却下された。おばも居候みたいな分際のくせにあつかましいことを言うな、ただで面倒見てやってるだけでもありがたく思えと加奈を怒鳴りつけた。



「もしかして加奈ちゃんこの家でピアノ弾いたのは今日がはじめてなのかい。」

今度はおばあちゃんが目を丸くして驚いた。

「だって加奈ちゃんピアノ弾きたいとか弾けるとか全然教えてくれないんだもの。言ってくれなくちゃわからないわ。」

おばが加奈から見るとすごく気味の悪く感じる笑顔でそう言った。おばも愛も、加奈が前に住んでいたアパートにピアノがあったのを知っているし、以前弾かせてと頼んだこともあるのに・・・・。



この家族は本当にこのおばあちゃんの家族なんだろうかと信じられなくなった。加奈が押し黙って聞いているとおばあちゃんがそんな遠慮せずにこれからは弾きたい時にいくらでもピアノを弾いてもいいんだよと、俯いている加奈の顔を覗きこむように言った。加奈はぎこちなく笑いを浮かべて頷くことしかできなかった。



「今日のお昼に加奈ちゃんのピアノ聴かせてもらったんだけどとっても良かったのよ。発表会に出なければもったいないわ。」

おばあちゃんの弾んだ言葉におじ、おば、愛の三人は顔を見合わせていた。





おばあちゃんが家に泊まることになった夜、加奈は愛の部屋で布団を敷いて寝る準備をしていた。愛はベットの上で雑誌をめくりパジャマ姿でくつろいでいる。愛と一緒の部屋にいることは加奈にとって苦痛だったが選択の余地などない。

「ねえ加奈。」

雑誌をめくりながら愛が話しかけてきた。ビクッと体を硬直させ加奈がシーツを掛ける手を止めて愛のほうを振り返った。もしかして黙って愛のピアノを弾いたことを咎められるのではないかと加奈ははらはらした。

「な、何・・・・・?愛ちゃん。」



聞き返す声が震えている。愛は加奈を睨み下ろすと冷たく言い放った。

「私達が出かけてる間、おばあちゃんに変なこと言わなかったでしょうね。」

加奈が激しく首を横に振って否定した時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。おばがちょっといいかしらとドアを開けて入ってきた。おばは加奈の前に立つと腕を組んで顔をしかめ、変なものでも見るようなまなざしをして言った。



「ピアノ発表会だけれど、おばあちゃんが出ろって言ったから仕方なく参加を許すけど・・・でも覚えておきなさいよ。一応あんたはこの家に一緒に住んでるんですからね、発表会で見苦しい、聴くに絶えない演奏なんかして私たち家族に恥じをかかせたらただじゃおかないからね。せいぜい愛の足を引っ張らないように気をつけなさいよ。」



身を強張らせて加奈が聞いていると返事は!と脅され、はいと力なく頷いた。まったく余計なことしてくれたわねとぶつぶつ独り言をいっておばは部屋を出て行った。

「ふふ、お母さんったら加奈に酷な注文つけちゃって。これじゃプレッシャーかけて余計失敗するかもしれないじゃない。」



楽しそうに愛は言った。加奈は何も言わず、黙っていたが、賞なんかとるつもりは毛頭ないし、恥をかくつもりもなかった。絶対の自信があるわけではないが、恥ずかしい思いをするほど演奏が下手とは思っていない。おばあちゃんと約束したように、ただ聴いてくれる人々が喜んでくれるような演奏をしようとそのことだけを考えていた。

 
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