第51話 未遂観覧車

文字数 4,397文字

激しい乗り物はやめておこうと彼が言い、それからはスピードがゆっくりなゆったりと乗れる遊具を中心にまわることにした。とはいっても絶叫系を省くとメリーゴーランドやコーヒーカップ、お化け屋敷などしかなかった。彼はメリーゴーランドやコーヒーカップに乗り楽しむ家族づれやカップル達を少し離れて写真を撮った後、彼は何の躊躇いもなく真琴に言った。



「じゃあ、僕らも乗ってみようか。」

さっき彼が真琴に言ったことが心の中で尾を引いていて、こんなカップルが楽しむためにあるようなもの(もちろん主には家族も楽しむが)に乗るのを躊躇った。ジェットコースターはまだ、刺激を楽しむためのものだからよかったが、さすがにコーヒーカップやメリーゴーランドに乗っていちゃついているカップルを目にしては、真琴も気持ちよく彼とは乗る気になれなかった。



いやよく考えてみると彼がさっき好きといったのは深い意味の好きではなく彼の人間としての好みにただ真琴が当てはまったというだけだろうか。だって気さくに恥じらいなくこんな遊具に真琴をこうして誘うんだから。何だかほっとしたような、がっくりしたような気持ちになった。



ささ、早く乗ろうと彼は真琴の腕を引っ張っていった。

園内の一箇所にかたまって開かれていた、食べ物を売っているお店で真琴と柿本はフランクフルート、焼きそば、お茶などを買って食べた。約束通り彼がお金を出した。少し休憩した後、次はお化け屋敷に入ろうと言い出した彼はとてもわくわくしていた。



「僕、こういう怖い系のやつ大好きなんだよね。ホラー映画もよく見るし。」

「ふーん、そうなんだ。私はどっちかって言うとあまり興味ないわね。」

真琴は平静を装って言ったつもりだったが彼は真琴の演技に騙されなかった。



「ん?もしかしてお化け屋敷も嫌い?怖いの苦手とか。」

「馬鹿ね、こんなのつくりモノなんだから怖いわけないでしょう。興味なくてどっちでもいいってことよ。」

「そう、絶叫マシーンに続き、君の弱点分野と思ったんだけどなあ。」

「何よその残念そうな顔は!叩くわよ!」

真琴は赤面して言い手を振り上げ叩くしぐさを見せると、おー、こわっと彼は手を頭にかざして笑顔で真琴から遠ざかった。



お化け屋敷・・・真琴は苦手だった。別に悲鳴をあげたりはしないが、無言でかたまって気絶しそうになるタイプである。彼と並んでお化け屋敷の入り口を入るとそこはもう闇に支配された空間だった。



怪しげな色の光源が所々にあり、今にも不気味なお化けが飛び出してきそうな雰囲気を醸し出していた。歩いていると前に続いてる道のほうから若い女性の悲鳴が聞こえて真琴はびくっとして立ち止まった。暗闇でよく顔が見えない彼が大丈夫?と声をかけてきた。



何でもないわよっと言って真琴はずかずかと歩き出した。どこかぎこちないその歩き方に彼の失笑が聞こえてきた。

「手をつないで歩こうか?」

「い、いらないわよ!そんなの!」



しばらく歩いていくと赤い照明に照らされた井戸のようなものが見えてきて、真琴はおそらく何か出てくるだろうなと覚悟した。白い煙が立ち込めている井戸の前まで来ても何も出てこなかった。あれ?おかしいなと少し安堵して井戸の前を通りすぎようとしたその瞬間。天井から何の前触れもなしに長い髪を逆さにたらし、白い着物をきて血を流した女性のお化けが奇怪な嘆き声を上げて落ちてきた。ちょうど真琴の目の前にその青白い顔が現れた。



「ひっ・・・・!」

真琴は思わず体をのけぞらせて、近くにいた人間に抱きついた。抱きつかれた彼は冷静な口調で言った。

「これは驚いた。人の注意を井戸に集めておいて、それが実はフェイントで、安心したところをつく仕掛け。よくできてるな。ね?」

真琴は抱きついたまま、笑顔で同意を求めてくる彼と目が合った。自分が今何をしているのかようやく気づいて真琴は慌てて彼から離れた。



顔から火が出そうなくらいの恥ずかしさで穴があれば入りたいくらいに赤くなった。それからは何があっても彼に抱きついたりはすまいと真琴は決心したが、このお化け屋敷は人の恐怖心理をつくのが巧みで真琴は決心虚しく気がつけば彼の手を握ってしまっていた。



心細くなった真琴は彼と手をつなぐことで不覚にも安心感を感じていた。お化けの出てくる仕掛けがある度に手を強く握った。終始そんな感じで二人はようやくお化け屋敷の出口を抜けた。真琴と彼の様子は対照的だった。



「あ~、楽しかった。このお化け屋敷を考えた人は素晴らしいよ。」

満足顔で言った彼の側で、真琴がげんなりとしてやっと終わった、拷問から解放されたというような安堵の顔をしていた。



「こんなもの作るなんて、考案した人間は相当悪趣味だわ。」

真琴がいい訳めいたことを言うと彼は噴出しそうになるのを堪えていた。それ以上は真琴をからかいはしなかった。真琴が意地になるのがわかったからあえてそうしたのだろう。





時間が過ぎるのも早いもので、もう陽がくれて遊園地は夕陽に照らされて日中の騒がしさが嘘のように少し落ち着いた様相を見せていた。東の空には薄っすらと夜の闇が近づいてるのが見える。ぽつりぽつりと客が帰り始めていて、園内の人の数もまばらになってきた。



そろそろ帰りましょうと真琴が彼に言うと最後にあれに乗ろうよと彼が観覧車を指差して言った。ここまで散々いろいろなものに乗ったしもういいかという感じで真琴は頷いた。高いところから暮れていく景色を見てみたいと素直に思った。



乗客は少なかったが、何組かのカップルが真琴たちと同じように最後の締めとして観覧車に乗ろうとしていた。真琴と彼は観覧車に乗り込んで向かい合って座った。ゆっくりと上に向かって動いていた。しばし二人無言で外の景色をぼんやり見つめていた。



彼はカメラで写真を何回か撮った。真琴のほうにカメラを向けて一枚取ったが真琴は何も言わなかった。彼は再び黙って景色を見ていた。真琴はちらりと彼の方を見た。優しい顔つきになって外の景色を見つめている横顔が夕陽に照らされ眩しかった。



真琴はしばらくそうしている彼に目を奪われ瞼を細めて見とれてしまった。いつの間にか自然と真琴の顔にも笑みがこぼれていた。気持ちが和らいでいるのを感じる。ふいに彼の側に行って体を寄せてその肩に顔をあずけたい気持ちが心のそこから湧きでてきた。



真琴は遊園地に来て色々あったけど来てよかったと純粋に感じていた。絶叫マシーンやお化け屋敷で苦い思いもしたけど、それもひっくるめて彼と過ごせた時間は楽しかった。西日を浴びて程よく心地よい疲労感に包まれていた。真琴はゆっくりと口を開いた。



「ねえ、どうして何も聞かないの?」

ゆっくりと彼は真琴の方を向いた。

「何のことだい?」



彼は真琴が何を話しているのかわからない様子だった。

「クラスの名簿で私の電話番号調べた時・・住所も載ってたから気づいたでしょ。」

「ああ、そのことか・・。」



彼はやっと真琴が何を言わんとしているのか気づいたようだった。彼は真琴が施設で暮らしていることには気づいていただろうに今の今まで彼の口から話題に出そうとしなかった。

「そうだなぁ・・・君があまり話したくなさそうだったからかな。ほら、初めて僕があの子猫に出会った日、君は両親のことを話すの嫌がってたでしょう。こういう事は無理やり聞きだすようなことじゃないと思ってね。僕が無理に聞かなくても君が話したくなれば話してくれるようになるだろう?」



彼のあまりにも優しげな笑顔がどうしようもなく眩しかった。真琴は少し泣きそうな気持ちになって目に涙が浮かんだ。彼に悟られたくなくて真琴は顔を背けてぽつりと言った。

「そうね・・・そんな時期がきたらだけれど、機会があれば話してあげるわ。」

彼は今どんな顔をしているんだろう。真琴は顔を上げて見れなかった。



「今日は僕に付き合ってくれてどうもありがとう。今後きっといい絵が描けると思うよ。」

「別に・・お礼なんて言わなくていいわ・・・私も少しは・・・その・・楽しかったし・・。」

「本当?それはよかった。君を誘ったかいがあったよ。」



ちらりと彼を見ると満足そうに微笑んでいた。少し照れながらも真琴も微笑を浮かべた。二人の間で柔らかな空気が流れていた。しばらくお互い見つめ合っていると、彼が目を大きく開けておおっと声を上げて立ち上がり、真琴の横にすばやくやってきて真琴が背にしている窓に身を乗り出した。びくっとして一体何?と真琴は思い、彼の視線の先を追った。



真琴たちが乗ってる観覧車の車両の斜め上に別の客が乗った車両が見えた。真琴は何を驚いているんだろうと目を凝らしてその車両内を見た。

「・・・!。」

声が出ず、真琴は大きく目を見開いた。



「うんうん、やっぱり夕暮れの観覧車だねぇ。ロマンチックな場所としてはもってこいだ。この光景も絵にいかそう。」

一人満足そうに頷いている彼の横で真琴は目に映るものを凝視して、体温が急上昇するのが自分自身にもわかった。



その車両内では真琴たちと同じくらいの年頃の男女のカップルが熱烈に抱き合って、熱い口付けを交わしていた。

「・・・・・・・・。」

二人で沈黙してその光景を見てどれくらい時間がたったのか、実際は数十秒しかたっていないだろうが、真琴にはそれが永遠のように感じられた。真琴はかちかちになった首をゆっくり彼に向けた。



彼は車両を見ていたが、やがて彼も真琴の方に顔を向けてきた。真琴と彼が見つめあう。どちらも言葉を発そうとしない。隣だから距離はない。真琴の鼓動が外に漏れて聞こえてしまうのではないかというくらいに高鳴りだす。彼が体をこちらに向けて両手で真琴の肩をつかんできた。



びくりとする真琴。密室だから逃げ場はない。彼の顔がゆっくりと近づいてくる。トマトにでもなったのではないかというくらい赤くなった真琴は耐えられなくて目を瞑った。



ええ?本当に彼と・・・してしまうの・・?このまましてしまっていいの?目を閉じ暗闇になった視界の中で真琴の色々な感情が飛び交った。







「ご乗車ありがとうございまーす。足元にお気おつけてお降りくださーい・・おおっと。」

「え?」



観覧車のドアの開かれる音がして、観覧車の係員の声が飛び込んできた。目を開けてみるともう観覧車はいつの間にか一周してしまったようで、出発点に到着していた。彼は手を真琴から離して何事も無かったかのように口笛を吹いて降りていこうとしていた。係員は見てはいけないものを見てしまったという顔をしている。



先に観覧車を降りていたカップル達の何組かは真琴たちを見てくすくす笑っていた。真琴の顔から湯気が出たかもしれない。彼の後を追って急いで観覧車を飛び出した。一刻も早くここから逃げ出したかったが、まずはやるべきことが一つ。



「バカーッ!」

「イテーッ!?」



真琴は顔を真っ赤にしてグーで彼の頭を叩いて叫んでいた。
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