第45話 2022.8.6稲佐山公園野外ステージ平和祈念音楽祭~長崎から世界へ~
文字数 4,135文字
第45話 2022年8月6日(土)長崎市稲佐山公園野外ステージ
稲佐山平和祈念音楽祭~長崎から世界へ~
コロナ禍で困っている飲み友だちを、無視することができず。
1999年研修所同期で、長年の飲み友だちが管理職をしている病院で、バイトを引き受けました(実は、弱みを握られていて断れない関係?)。
現場に入ってみると確かに、職員の自宅待機や隔離で、仕事が回っていませんでした。
これまでと違ったのは、バイト先から、行動制限を求められなかったことです(職員たちに、密な場所へ行くことを積極的に推奨している訳ではありませんが)。
一日の新規感染者数は、今年初めの6波、オミクロン株のピークの10万人を遙かに超えて、変異型の7波では20万人となっていました。
ただ、このときは、死者数は150人と抑えられていました。
オミクロン株の猛威のなか、世の中は行動制限のない夏でした。
バイト先は、職員のお盆の帰省、越境は制限していませんでした。
オミクロン株は子どもに容易に感染して、子どもから家族内感染、そして、職場での流行という状況でした。
もはや、職員の行動制限に、あまり意味は無い。
長いコロナ禍で、職員たちのストレスも蓄積しています
バイト先は、職員とその家族に対しての抗原・PCR検査の強化で、乗り切る体制となっていました。
バイト先では、患者さんに陽性者が散発している状況でした。
私の担当している病棟や患者さんには、発熱者が多数いました。
ただ幸いにも、発熱者には検査が徹底して行われていて、クラスターには至っていませんでした。
私の業務はというと、ただひたすら食事介助と口腔ケア、嚥下訓練を行うというリハビリテーション業務でした。
医療用マスクとフェイスシールド、プラスチックグローブ・エプロンを常時使用しているとはいえ、自分が感染源となるリスクがありました。
で、職場から、たくさんの抗原検査キット(研究用ではない)を渡されました。
感染対策をとりながら、抗原検査を行いながらの、長崎、広島、岩国の3泊4日の旅に出ました。
With Corona そんな言葉が医療現場でも現実になったことを実感しました。
* * *
そして、疫病の他に、もうひとつ心配が・・・
それは、猛暑。
今年は、記録更新の梅雨あけ。
九州の夏の野外・・・果たして稲佐山を生きて下山できるのだろうか??もしかしたら、救護所のテントで点滴を受けながら、こうせつを聴くことになるのでは?
不安はありました。でも、九州の野外のこうせつをどうしても見たくて、参加を決めました。
* * *
チケットは、東広島・岩国と行動が一緒のファン友に取っていただきました。
せっかくの野外なので、みんなでまとまって座り、私たちの存在感を示したい。
芝生席もありましたが、私を含めて足が悪いメンバーが複数いたので、椅子席にしました。
チェア席12800円!!ただ、Tシャツつきということと、収益は全て寄付するということでしたので、納得できました。
そして、初めての体験は「電子チケット」です。
スマホにQRコードのチケットをダウンロード、紙のチケットは発送手数料が500円必要とのことでした。
翌日の長崎の天気予報は、午前中は雨、午後は曇り、夜は再び雨でした。
悩んだ末に、カッパを荷物に入れました。
前日、旅の支度をしながら、私のテンションマックス!!
* * *
連れ合いは「マジ?こんな感染状況で、しかも暑いのに、長崎に本当に行くわけ?」と、半グレでした。
人一倍警戒心の強い連れ合いでさえ、7月にオミクロン株に感染してしまいました。
こんな状況で、心配かけてごめんなさい・・・です。
* * *
当日の朝、羽田から飛行機で長崎入りしました。
空港は混んでいました。飛行機は5割ほどの乗客数でした。
長崎は霧雨が降っていました。
とにかく、蒸し暑い・・・ダメだ、暑すぎる・・・マックで涼もう・・・開場は11時だけど、スタレビの15時40分に間に合えばいいわ・・・いや・・・我慢できない・・・雨はやんだ・・・とマックで葛藤の末に、13時にはシャトルバスに乗ってしまいました。
到着後は、すぐにTシャツを受け取り、水を3本購入しました。
コンサートのロゴ入りアルミカップがおまけについてきました。
当然ですが、客席周辺は、日差しを遮るものはありません。
フードコートにはミスト扇風機と日陰用のテントがありました。
また、会場の周囲には木陰があり、芝生席の上の方は風が吹いていて、少し暑さがしのげました。
* * *
14時、司会の二人、コロッケさんと、新羅慎二さん(湘南乃風の若旦那さん)が舞台に登場して、オープニングアクト、「活水中学校・高等学校吹奏楽部」「長崎ヴェルカ(プロバスケットチーム)チアリーダー」。
どちらも、客層を意識しての選曲(昭和歌謡やオールディーズ)で、若い皆さんの登場で、元気に明るくなりました。
* * *
15時は若旦那(新羅慎二)さんの力強い歌で開演。
15時20分はコロッケさんの、金色のスパンコールの派手なジャケットで、ものまねショーでした。
ロボット五木ひろしさんもありました。
舞台には大きなビジョンがあり、コロッケさんの見事な顔芸で、大笑いしました。
15時40分、スターダストレビュー。
今年1月、スタ★レビのコンサートに行くはずだったのですが、オミクロン株の流行で止めました。
スタ★レビを見ることができて、本当にうれしい。
根本要さんは、平和コンサートのゲストということもあり、いつものライブのときよりはMCは抑え気味でした。
ボウさんが濃厚接触者となったため、いませんでした。そのためか、ビジュアル的に全体が大人し目になっていたと思います。
「木蓮の涙」。アカペラで「ディ・ドリーム・ビリーバー」と「今夜だけきっと」。「還暦少年」、最後は「愛の歌」。
普段のライブなら、最後の「愛の歌」は客席みんなで歌うのですが。
手を左右に振って、応えました。
私は、ロックなスタ★レビよりも、アコースティックバージョンが好きなので、とても満足でした。
* * *
ところで、私の席は5列目の舞台かみ手でした。
舞台上の下手には、司会の二人やスタッフさんの控えのテントがあって、私の席からとてもよく見えました。
コロッケさんと若旦那さんは暑い中、ずっとそのテント下で舞台のアーティストのパフォーマンスをご覧になっていました。
時々、こうせつもそのテントに現れて、舞台を見ていました。
舞台の転換で、大ちゃんと順平さんの音合わせを見ることができたのも、良かったです。
今日は、徹ちゃんは別のスケジュールで、バックは二人でした。
* * *
17時、我らがこうせつの出番。
西日が差して非常に暑かった!!ファン魂を見せて、頑張って、はっぴを着ました。
司会の二人が、「南こうせつ」と紹介したところへ、まっさんが登場して、会場が沸きました。
「うちのお父さん」「青春の傷み」、ハンドマイクが準備されたので、本当は「幼い日に」だった・急遽「Summer♪Angel」ちょっと歌詞を間違えた長崎スペシャル、「妹」「神田川」「あの人の手紙」、最後の曲が「新しい夏」でした。「新しい夏」長崎スペシャル!!
* * *
18時20分からは、スガシカオさん。
7曲ほどの中で知っているのは「ヒットチャートを駆け抜けろ」「夜空ノムコウ」「プロフェッショナルの主題歌」の3曲だけでしたが。
ギターとドラムのセッションで、すごいカッコよかった。
スガシカオさん、一番若手なのに、スタ★レビよりも後、しかも南こうせつとさだまさしに挟まれての出演順がただでさえプレッシャーなのに、時々、先輩たちが舞台袖に見に来ているのが見える・・・とのMC。
その舞台袖で、こうせつがリズムをとりながら、スガシカオさんを見ているところが、私の席から、よく見えました。
こうせつと同じ音楽をきいてリズムを刻むことができて、幸せでした。
* * *
19時40分、トリは、さだまさしさん。
この頃には陽が落ちて、月が見え、夜の野外の照明が映えて、本当に来てよかったと思いました。
「北の国から」「長崎シティセレナーデ」「精霊流し」「キーウから遠く離れて」「道化師のソネット」。
* * *
ここで、NHKのテレビ「ライブ・エール」の生中継が入りました。
大型ビジョンに、生放送中のあいみょんさんが流れました。
あいみょんさんの歌が終わって、司会のうっちゃん、桑子アナウンサーの「長崎のさださん!!」の呼びかけに、稲佐山に中継が切り替わりました。
まっさんが、「こうせつさんが来ているのに晴れた」などと笑いをとり、「広島の空」を熱唱しました。中継は、この一曲。
中継が終わって、まっさんの最後は「祈り」でした。
その歌の途中から、出演者が次々に登場しました。
* * *
終演、サプライズで打ち上げ花火。
長い、素晴らしい打ち上げ花火でした。
舞台と客席みんなで見た花火に、つま恋の終演を思い出しました。
* * *
出演者が次々と舞台を去る中、まっさんを最後に残してこうせつは舞台を去ろうとしましたが、まっさんはこうせつを引き留めて、一緒に一礼。
最後は、こうせつが去り、まっさんひとりで一礼して、コンサートは終わりました。
* * *
コンサートのスポンサーは、ジャパネット。
後日、ジャパネットチャンネルで、放送があるそうです。
若旦那さんが、・・・さださんからこの長崎平和コンサートを引き継いだ。
20年はやりたい・・・とおっしゃっていました。
ジャパネットさんは、本社が長崎県佐世保で、長崎県内で通販以外の事業を展開しておられます。
スポンサーとともに、来年も盛り上げて欲しいと思いました。
ちなみに、翌日7日(日)のゲストは、ばってん少女隊、川崎鷹也、ホリエアツシ&坂本美雨、RIP SLYME、m-flo、きゃりーぱみゅぱみゅ、湘南乃風・・・と若者向け?
計画退場、シャトルバスで、何とか生きて稲佐山を下山できました。
* * *
終演後はホテルに直帰しました。
夏の野外で、汗でドロドロになったあとのシャワーは気持ちよく。
コロナ禍で、打ち上げは無しで、各々が個食のホテル飲み。
コンビニ弁当とビールでひとり乾杯。
明日は、西条、東広島くららです。
稲佐山平和祈念音楽祭~長崎から世界へ~
コロナ禍で困っている飲み友だちを、無視することができず。
1999年研修所同期で、長年の飲み友だちが管理職をしている病院で、バイトを引き受けました(実は、弱みを握られていて断れない関係?)。
現場に入ってみると確かに、職員の自宅待機や隔離で、仕事が回っていませんでした。
これまでと違ったのは、バイト先から、行動制限を求められなかったことです(職員たちに、密な場所へ行くことを積極的に推奨している訳ではありませんが)。
一日の新規感染者数は、今年初めの6波、オミクロン株のピークの10万人を遙かに超えて、変異型の7波では20万人となっていました。
ただ、このときは、死者数は150人と抑えられていました。
オミクロン株の猛威のなか、世の中は行動制限のない夏でした。
バイト先は、職員のお盆の帰省、越境は制限していませんでした。
オミクロン株は子どもに容易に感染して、子どもから家族内感染、そして、職場での流行という状況でした。
もはや、職員の行動制限に、あまり意味は無い。
長いコロナ禍で、職員たちのストレスも蓄積しています
バイト先は、職員とその家族に対しての抗原・PCR検査の強化で、乗り切る体制となっていました。
バイト先では、患者さんに陽性者が散発している状況でした。
私の担当している病棟や患者さんには、発熱者が多数いました。
ただ幸いにも、発熱者には検査が徹底して行われていて、クラスターには至っていませんでした。
私の業務はというと、ただひたすら食事介助と口腔ケア、嚥下訓練を行うというリハビリテーション業務でした。
医療用マスクとフェイスシールド、プラスチックグローブ・エプロンを常時使用しているとはいえ、自分が感染源となるリスクがありました。
で、職場から、たくさんの抗原検査キット(研究用ではない)を渡されました。
感染対策をとりながら、抗原検査を行いながらの、長崎、広島、岩国の3泊4日の旅に出ました。
With Corona そんな言葉が医療現場でも現実になったことを実感しました。
* * *
そして、疫病の他に、もうひとつ心配が・・・
それは、猛暑。
今年は、記録更新の梅雨あけ。
九州の夏の野外・・・果たして稲佐山を生きて下山できるのだろうか??もしかしたら、救護所のテントで点滴を受けながら、こうせつを聴くことになるのでは?
不安はありました。でも、九州の野外のこうせつをどうしても見たくて、参加を決めました。
* * *
チケットは、東広島・岩国と行動が一緒のファン友に取っていただきました。
せっかくの野外なので、みんなでまとまって座り、私たちの存在感を示したい。
芝生席もありましたが、私を含めて足が悪いメンバーが複数いたので、椅子席にしました。
チェア席12800円!!ただ、Tシャツつきということと、収益は全て寄付するということでしたので、納得できました。
そして、初めての体験は「電子チケット」です。
スマホにQRコードのチケットをダウンロード、紙のチケットは発送手数料が500円必要とのことでした。
翌日の長崎の天気予報は、午前中は雨、午後は曇り、夜は再び雨でした。
悩んだ末に、カッパを荷物に入れました。
前日、旅の支度をしながら、私のテンションマックス!!
* * *
連れ合いは「マジ?こんな感染状況で、しかも暑いのに、長崎に本当に行くわけ?」と、半グレでした。
人一倍警戒心の強い連れ合いでさえ、7月にオミクロン株に感染してしまいました。
こんな状況で、心配かけてごめんなさい・・・です。
* * *
当日の朝、羽田から飛行機で長崎入りしました。
空港は混んでいました。飛行機は5割ほどの乗客数でした。
長崎は霧雨が降っていました。
とにかく、蒸し暑い・・・ダメだ、暑すぎる・・・マックで涼もう・・・開場は11時だけど、スタレビの15時40分に間に合えばいいわ・・・いや・・・我慢できない・・・雨はやんだ・・・とマックで葛藤の末に、13時にはシャトルバスに乗ってしまいました。
到着後は、すぐにTシャツを受け取り、水を3本購入しました。
コンサートのロゴ入りアルミカップがおまけについてきました。
当然ですが、客席周辺は、日差しを遮るものはありません。
フードコートにはミスト扇風機と日陰用のテントがありました。
また、会場の周囲には木陰があり、芝生席の上の方は風が吹いていて、少し暑さがしのげました。
* * *
14時、司会の二人、コロッケさんと、新羅慎二さん(湘南乃風の若旦那さん)が舞台に登場して、オープニングアクト、「活水中学校・高等学校吹奏楽部」「長崎ヴェルカ(プロバスケットチーム)チアリーダー」。
どちらも、客層を意識しての選曲(昭和歌謡やオールディーズ)で、若い皆さんの登場で、元気に明るくなりました。
* * *
15時は若旦那(新羅慎二)さんの力強い歌で開演。
15時20分はコロッケさんの、金色のスパンコールの派手なジャケットで、ものまねショーでした。
ロボット五木ひろしさんもありました。
舞台には大きなビジョンがあり、コロッケさんの見事な顔芸で、大笑いしました。
15時40分、スターダストレビュー。
今年1月、スタ★レビのコンサートに行くはずだったのですが、オミクロン株の流行で止めました。
スタ★レビを見ることができて、本当にうれしい。
根本要さんは、平和コンサートのゲストということもあり、いつものライブのときよりはMCは抑え気味でした。
ボウさんが濃厚接触者となったため、いませんでした。そのためか、ビジュアル的に全体が大人し目になっていたと思います。
「木蓮の涙」。アカペラで「ディ・ドリーム・ビリーバー」と「今夜だけきっと」。「還暦少年」、最後は「愛の歌」。
普段のライブなら、最後の「愛の歌」は客席みんなで歌うのですが。
手を左右に振って、応えました。
私は、ロックなスタ★レビよりも、アコースティックバージョンが好きなので、とても満足でした。
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ところで、私の席は5列目の舞台かみ手でした。
舞台上の下手には、司会の二人やスタッフさんの控えのテントがあって、私の席からとてもよく見えました。
コロッケさんと若旦那さんは暑い中、ずっとそのテント下で舞台のアーティストのパフォーマンスをご覧になっていました。
時々、こうせつもそのテントに現れて、舞台を見ていました。
舞台の転換で、大ちゃんと順平さんの音合わせを見ることができたのも、良かったです。
今日は、徹ちゃんは別のスケジュールで、バックは二人でした。
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17時、我らがこうせつの出番。
西日が差して非常に暑かった!!ファン魂を見せて、頑張って、はっぴを着ました。
司会の二人が、「南こうせつ」と紹介したところへ、まっさんが登場して、会場が沸きました。
「うちのお父さん」「青春の傷み」、ハンドマイクが準備されたので、本当は「幼い日に」だった・急遽「Summer♪Angel」ちょっと歌詞を間違えた長崎スペシャル、「妹」「神田川」「あの人の手紙」、最後の曲が「新しい夏」でした。「新しい夏」長崎スペシャル!!
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18時20分からは、スガシカオさん。
7曲ほどの中で知っているのは「ヒットチャートを駆け抜けろ」「夜空ノムコウ」「プロフェッショナルの主題歌」の3曲だけでしたが。
ギターとドラムのセッションで、すごいカッコよかった。
スガシカオさん、一番若手なのに、スタ★レビよりも後、しかも南こうせつとさだまさしに挟まれての出演順がただでさえプレッシャーなのに、時々、先輩たちが舞台袖に見に来ているのが見える・・・とのMC。
その舞台袖で、こうせつがリズムをとりながら、スガシカオさんを見ているところが、私の席から、よく見えました。
こうせつと同じ音楽をきいてリズムを刻むことができて、幸せでした。
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19時40分、トリは、さだまさしさん。
この頃には陽が落ちて、月が見え、夜の野外の照明が映えて、本当に来てよかったと思いました。
「北の国から」「長崎シティセレナーデ」「精霊流し」「キーウから遠く離れて」「道化師のソネット」。
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ここで、NHKのテレビ「ライブ・エール」の生中継が入りました。
大型ビジョンに、生放送中のあいみょんさんが流れました。
あいみょんさんの歌が終わって、司会のうっちゃん、桑子アナウンサーの「長崎のさださん!!」の呼びかけに、稲佐山に中継が切り替わりました。
まっさんが、「こうせつさんが来ているのに晴れた」などと笑いをとり、「広島の空」を熱唱しました。中継は、この一曲。
中継が終わって、まっさんの最後は「祈り」でした。
その歌の途中から、出演者が次々に登場しました。
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終演、サプライズで打ち上げ花火。
長い、素晴らしい打ち上げ花火でした。
舞台と客席みんなで見た花火に、つま恋の終演を思い出しました。
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出演者が次々と舞台を去る中、まっさんを最後に残してこうせつは舞台を去ろうとしましたが、まっさんはこうせつを引き留めて、一緒に一礼。
最後は、こうせつが去り、まっさんひとりで一礼して、コンサートは終わりました。
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コンサートのスポンサーは、ジャパネット。
後日、ジャパネットチャンネルで、放送があるそうです。
若旦那さんが、・・・さださんからこの長崎平和コンサートを引き継いだ。
20年はやりたい・・・とおっしゃっていました。
ジャパネットさんは、本社が長崎県佐世保で、長崎県内で通販以外の事業を展開しておられます。
スポンサーとともに、来年も盛り上げて欲しいと思いました。
ちなみに、翌日7日(日)のゲストは、ばってん少女隊、川崎鷹也、ホリエアツシ&坂本美雨、RIP SLYME、m-flo、きゃりーぱみゅぱみゅ、湘南乃風・・・と若者向け?
計画退場、シャトルバスで、何とか生きて稲佐山を下山できました。
* * *
終演後はホテルに直帰しました。
夏の野外で、汗でドロドロになったあとのシャワーは気持ちよく。
コロナ禍で、打ち上げは無しで、各々が個食のホテル飲み。
コンビニ弁当とビールでひとり乾杯。
明日は、西条、東広島くららです。