異変
文字数 1,391文字
半年に及ぶ抗がん剤治療が終わった。やっと。けれどこれで終わったわけじゃない。この先は再発の不安との戦いである。
ともあれ、副作用からは解放された。まもなく食欲が戻ってきた。戻ったら戻ったで、まずい状況である。食欲がとまらない。やたらとおなかがすく。とくに甘いもの。
梨花はそれほど甘いものを好んではいなかったのだが、どうしたことか甘いお菓子が食べたくてしょうがない。ケーキなら二個はペロリである。
かわいそうなくらい痩せ細っていたのが、あっというまに元の体重を超えてしまった。しかも、トレーニングなどしていないから、ぽよんぽよんである。
「ヤバいー。太っていくー」
サロンにいてもそんな梨花の嘆きは、スタッフにはとどかない。
「がりがりになっちゃったんだから、いっぱい食べて太りましょうよ」
そういって、ケーキを買ってくる。駅前のパティスリーのプリンだったり、コンビニのシュークリームだったり。
「だめー! デブになる。ケーキは禁止!」
とうとうそういう命令を出した。いまだに休憩室のテーブルの上にならぶチョコやクッキーには目をつぶることにした。
時を同じくして、髪の毛が生え始めた。待ちに待ったところだが、なんだか様子がおかしい。生えた髪の毛が白い気がする。生えそろったら黒く見えるのだろう、と思っていたのだが、生えそろってもやはり白かった。
白といっても、透明感のあるシルバーに近い。眉毛もまつげも、アンダーも。毛質が変わることもあるとは聞いていたけれど、こういう変わり方もあるのだろうか。
黒、あるいはダークブラウンに染めたほうがいいだろうか。そういうと、香苗は
「そのままでいいじゃないですか」
という。ほかのスタッフも同調する。
「せっかく素敵なシルバーになったんだから、染めるなんてもったいないです」
「そうですよー。セフィロスみたいでかっこいいじゃないですか」
若手の真紀がキャピキャピという。いや、刀を持って戦わないし、コスプレもしないし。カラーならいつでもできるからと、とりあえずはそのまま、耳が隠れる長さになるのを待ってショートヘアにしてもらった。
アイブロウペンシルとマスカラを使ってメイクをすれば、ウィッグでもかぶっているように見える。
これはこれでいいかもしれない。イヤリングが映える。
しかし、異変はまだ続いた。
「梨花さん、この間から思ってたんですけど、顔色まだらじゃないですか?」
香苗にいわれた。
「え?」
「窓際で見てくださいよ。自然光で見るとわかるから」
いわれたとおり、窓辺で鏡をのぞいてみる。
「あれっ?」
たしかにまだらになっていた。もともとの肌の色の中に、色が抜けたように異常に白いところが点在している。なんだ、これは。あわてて、袖をまくって腕を見た。腕もやはり同じようにまだらになっている。
「白斑じゃないですか? うちの伯母がそうだったので」
真紀がいった。はくはん? はじめて聞いた。
ふだんメイクするときは、洗面所で灯りをつけてしていたから気がつかなかったのだ。
「色素が抜ける病気らしいですよ」
病気だ? こんな顔で外を出歩いていたのかと思うと、みっともなくてはずかしい。
「治るのかな、これ」
「……んー」
なんだ、その煮え切らない返事は。一番近くの皮膚科へ駆け込んだ。混雑する皮膚科で待つこと三時間。梨花はがっくりと肩を落としてサロンに帰ってきた。
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