告白と転落

文字数 1,175文字



「あ、わたしが先に好きになったから……」
 ほう。
「きみから誘ったの?」
「そんな! 誘うなんて、そんなことはしていないけど」
「けど?」
「なんとなく、古川さんもわたしのことよく思ってくれてるのかなって」
「奥さんがいるのに?」
 核心をつく。
「ほんとにそんなつもりはなかったの。それに奥さんには恋人がいたなんて知らなくて……」
 知らなかったではすまされないんだよ。
「残業終わりになにか食べて行こうかって誘われたのがうれしくって」
 弱った女ってちょろいな。すこしやさしくしてやったらおもしろいようにぺらぺらと口を割る。
「すこしお酒を飲んだら、そんな雰囲気になってしまって……」
「それできみのマンションに通うようになったんだ」
 美里はうんとうなずいた。バカだな。それは浮気男が使う常套手段じゃないか。
「古川さんは、家が気詰まりだって。わたしといると気が休まるっていってくれたわ」
 気詰まりなのは自分のせいだろうに、なにをいっているのだ、あいつは。
「それで古川さんのために美里さんは耐えるんだ」
「うん。わたしはそれくらいしかできないから」
 どっちだ。本当に好きなのか。耐えている自分に陶酔しているのか。八木は核心に迫る。
「辞めることは考えないの?」
「古川さんをひとり残して辞めるなんてできないわ」
 かわいそうな自分に(ひた)っているな。メンヘラ決定。八木は美里の顔をのぞきこんで、じっと目を見る。
「僕でよければ、いつでも話を聞くよ」
「……うん。ありがとう」
 美里は頬を赤らめてうつむいた。
 こいつ、あと一押しで寝取れるんじゃね? 
 もともとちょろい女なんだな。あとは、古川にも八木は味方だとアピールしておいてくれよ。
 
 その数日後、決定打が打たれた。
 八木と圭太は社外の打ち合わせに出かけるためにエレベーターを降りたところだった。ちょうど外からもどった松島常務が、秘書をつれてこちらに向かってくる。
 八木と圭太は、立ちどまって頭を下げた。常務はそのまま通り過ぎるかと思いきや、圭太の前で立ちどまった。
「圭太くん」
 会社で下の名前で呼ばれるのはよくない兆候だ。
「きみはもうすこしうまく立ち回ると思ったのにな。残念だよ」
 場が凍りつく。
「がっかりだ」
 恐ろしいほど冷酷な声が響いた。大勢の社員が見守る中、圭太の転落が決まった瞬間だった。
 その場に立ちすくみ、好奇の目にさらされた圭太を、八木は背中を押して外に連れ出した。
「だいじょうぶですか」
 圭太はいまだ放心状態だ。
「古川さん!」
 肩をゆさぶると、ようやく目の焦点があった。
「あ、ああ。悪い」
 自業自得だろ。
「しっかりしましょうよ。なにがあっても仕事だけはちゃんとしましょう」
「ああ、うん。わかってる。だいじょうぶ」
 哀れだな、切り捨てられた男。八木は知っている。なぜ、松島常務がわざわざ公衆の場であんなことをいったのか。
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