文字数 1,150文字



「すわって、手を出して」
 いわれるままに、手を差し出す。チップを選んで梨花の爪と合わせてみる。手際よく十枚のチップを選び出した。
「かたちは?」
 聞かれて梨花は迷う。突然だったからなにも考えていなかった。漠然とマイの爪を見る。
「それくらいのオーバルで」
 色は。柄は。ストーンは。
「夜の遊びだから、思い切って派手にしてもいいかもよ」
 そんなマイのアドバイスを聞きながら、タブレットの写真を見て決めていく。色は大好きな濃い赤にした。そこに花のパーツをのせて。ところどころにキラキラをつけて。一枚だけマイが作ってくれた。
「こんなかんじでどうかな」
 梨花の顔がパッと輝いた。
「すてき……」
「よかった。じゃあ、これで作るわね。一週間後に取りに来てね」
 もらった名刺には、「BLUEMOON」という店名と、アドレスと電話番号が書いてあった。ここもMOONなのか。なにかの暗示だろうかと思ってしまう。
「ありがとう。おねがいします」
「ケンイチ。タトゥーのサロンも見せてあげなさいよ。あ、それからドラゴンも」
 ああ、といいながらケンイチと呼ばれた彼はTシャツを脱ぐ。ほどよく筋肉のついた背中の下のほう、腰に近いところにそれはいた。和風の龍ではなくて、ファンタジーのドラゴン。
「うわ、かっこいい」
「でしょう?」
 自慢げにマイがいった。それはほんとうに、映画のワンシーンを写し取ったように描かれていた。羽ばたく翼。もたげる首。ひるがえる尾。かぎづめ。咆哮が聞こえるようだった。
 正直なところ、タトゥーには柄の悪いイメージがあって、梨花は怖いものだと思っていたのだけれど、これはアートだ。美しい。
「サロンも見てみる?」
 ケンイチにいわれて、奥に足を踏み入れた。こちらは黒を基調としていた。中心にベッドといす。こちらもきれいに整理されている。壁には様々なタトゥーの写真が飾られていた。なかでもマイの腕にあるような繊細な花が目についた。濃い色から淡い色まである。
「きれいでしょ。うちは場所柄キャバ嬢が多いんだよね」
「タトゥーも?」
「うん、けっこういるよ。花は人気。やってみる?」
 ケンイチがいたずらっぽく笑った。きれいだけれど、タトゥーは勇気がいるなぁ、と梨花は考え込んでしまう。
「きみ、色白だし肌のきめが細かいから、彫りがいがありそう。見えないところにタトゥーがあるって、エロいよね」
「ええっ? 見えないところ?」
「そう。胸とかおしりとか太ももとか」
 想像して梨花はちょっと赤面してしまった。たしかにエロい。
「なーに、そそのかしてるの」
 マイが割って入ってきた。
「だって、彼女のおしりにタトゥーがあったら、そそられない?」
 マイがじっと梨花の顔をのぞきこむ。
「たしかにそそられる」
「ええっ?」
「まあ、気が向いたら考えてみれば?」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み