転職してみる?

文字数 1,426文字



 マイのデザインが気に入って、梨花は「BLUEMOON」に通うようになった。「BLUEMOON」とは一か月で二回目の満月をいうらしい。
 とくに意味はないのよ、とマイはいった。語呂がいいから。あと青い月ってきれいでしょ?
 遊び用のネイルチップも追加し、普段の仕事用のネイルもマイにやってもらった。マイにまかせることもあったけれど、梨花がオーダーをつけることもあった。
「おとなしめのデザインって、わたし得意じゃないのよね。ついつい派手になっちゃうの」
 マイはそういって、梨花のオーダーをサロンで使っていいかと聞いた。マイのデザインに口出しをしたようで気が引けていたのに、そんなふうにいわれて梨花は驚いた。さらに、ほかにも考えてほしいといわれる。
「もちろん買い取るから」
 梨花もデザインを考えるのはきらいではなかったので、嬉々として引き受けた。そのうち、ネイルチップをつくってよ。とまでいわれてしまう。
「やったこともないのに……」
「練習すればいいじゃない」
 もともと手先は器用だったので、ちょっと練習したらそこそこできるようになってしまった。休みの日にはサロンに出向き、ネイルチップをつくった。
「すっかり気に入られちゃったね」
 ある日客足の途切れた午後、ケンイチがいった。
「そうなのかな」
 梨花にはそんなつもりはないのだが。
「たぶん、正式にスタッフとして来てもらいたいんだよ。本職があるからいわないだけで」
「ええっ。まさか。」
「ほんとだよ。来てくれたらいいなって何回もいってたよ」
「ああっ! なに、バラしてんの!」
 席を外していたマイが戻ってきた。
「そんなこといったら、負担に思って来てくれなくなるじゃない」
「負担なんて思わないけど、わたし役に立つのかな?」
 梨花の口からぽろりと不安がこぼれる。
「十分たっているわよ。売れ行き順調よ」
 通販サイトにあげてみたら、全国から注文が舞い込んだ。気をよくしたマイが「リカコレクション」と(めい)打ってしまった。あれよあれよという間にことは進んでいく。片手間にやっているから作るのが追いつかない。
「ネイリストの資格とれば、お客様にもできるわよ。バラされたからいうけど、本音は来てくれたらうれしいな」
 なんともありがたい話だ。そういえば、すこし前にも転職を考えたな、と思う。
「子どもは生まないから、産休育休がなくてもかまわないしな」
 つい口に出てしまった。
「え? なんで子ども生まないって決めてるの?」
 しまったと思ったが、もうおそい。
「……まあ、うち仮面夫婦なんで」
「ええっ! 結婚してたの?」
 ふたりが声をそろえて叫んだ。
「あはは……」
 結局、事情を話すことになってしまった。
「はあ、なんて難儀な……」
 話を聞き終わると、ふたりして盛大にため息をついた。
「だんなはいいなりなんだ」
「義理立てしてるんじゃない?」
「っていうか、相手の女、この状況を受け入れてるわけ?」
「そうなんじゃない? 知らないけど」
「ひっどい男ね。どっちも半端じゃないの」
「けじめをつけるのを、わたしが許さないからね」
「梨花、こわーい」
 梨花は考える。ここまでいってくれるのなら転職もありかもしれない。個人経営だとやや不安定な気もするけれど、どうせ生活の基盤は圭太なのだ。
 夜遊びは続けているが、日々の閉塞感は否めない。環境を変えるのも一手だ。
「うーん……」
 うなってしまった梨花にケンイチがいった。
「うちのスタッフになるのなら記念になにか彫ってやるよ」
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