文字数 1,067文字


 梨花はランチタイムギリギリにサロン近くの目黒川沿いのカフェに飛びこんだ。テラス席にしましょうよ、という真紀には反対した。まだ風が冷たいし、散る桜の花びらがごはんに入る。
 窓際の席を陣取って、行きかう人々をながめながらハンバーグと雑穀米のランチを食べる。
 小さな子ども連れの若い夫婦が目に入った。
 透はどうしているかなぁ。もしかしたら、孫ができているかもなぁ。もう、わたしのことは忘れてしあわせに暮らしているのかな。と、淋しい気持ちになる、
 ずっと昔、父に孫はできないからと告げた。ずいぶん残酷なことをいったのだな、と今になって思う。
「梨花さん、たまにそうやって遠い目をしますよね」
「えっ?」
 とつぜん真紀にいわれて戸惑う。どんな目をしてたんだろう。
「いろいろと思うのよ。自分の行く末とかね」
 あわてて、ごまかす。
「そうなんですか? まだまだ若いじゃないですか。年寄じみたこといわないでくださいよ」
「もう老後のこと考えるわよ」
「梨花さんは年をとりませんよね」
 思わず声をあげて笑った。
「なんか、手術以来レベルが上がって、HPもMPもマックスですよね。活力がみなぎっているというか。再発しない気がします」
 ほめられているのだろうか。
「そんなにギラギラしてる?」
「わたし的には、もっとギラついてほしいですけどね」
 誉めことばととっておこうか。
「ありがとう」
 真紀とふたり分の支払いをして外に出ると、桜の花びらがひらひらと舞っている。
「もう桜も終わりですねぇ」
 梨花はよく若いスタッフとランチに出かける。若い子の話を聞くのが好きだ。いま、流行っているコスメ、アイドル、ブランド、食べ物。ときにはことば遣いや、はやりの絵文字なども教えてもらう。自分とは違うフィールドだ。とりたてて若作りをするつもりはないが、新しい感覚を取り入れるのは楽しい。
 桜吹雪の中を、サロンにむかって歩きはじめた。桜の名所の目黒川だが、平日の午後の中途半端な時間、桜も散りかけのこの時期、人出はピークをすぎていた。
 春先特有のすこしぼんやりした青空と散る花びら。
「いいですねぇ。わたしこの時期、大好きなんですよ。卒業と入学。期待と不安が入り混じったこの感じ」
「ああ、すこしわかるなぁ」
 そう思ったとき、強い突風が吹いた。思わず両手で顔を覆ってうつむいた。梨花は桜の花びらに包まれる。
 一陣の風をやり過ごして顔を上げたとき、目の前を覆いつくすほど舞っていた花びらは勢いを失って地面に落ち始めていた。
 そして、ひらけはじめた視界の梨花の視線の少し先。
 その人は立っていた。
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