創立百周年パーティ

文字数 1,325文字



 それから給湯室の女子社員たちに小さめの爆弾を投下する。いろいろと噂の古川係長の奥さんで、松島常務のお嬢さんがパーティに来ると話題に上っていた。
「なんかネイルサロン? を経営してるらしいよ」
 女子はおしゃれに敏感だ。
「ネイルサロン? 経営者なんですか?」
「そう聞いてる」
「なんていうサロンですか」
 食いつきがよろしい。
「なんとかムーン?」
「え? BLUEMOON?」
「あっ、そうそう。オンラインショップもしているとか」
「ええっ? リカさん?」
 名前まで知られているのには、八木も驚く。
「知ってるの?」
「めっちゃ人気なんですよ。わたしもネイルチップほしいんですけど、すぐに売り切れて買えないんですよね」
 ネイルチップとはなんだ。八木は焦る。BLUEMOONについて、もっとリサーチしなければ。
 そこから女子たちは盛り上がる。
「ええ? リカさんに会えるの?」
「お話してもいいのかな?」
「特別に売ってもらえないかな」
 そこから女子たちは急に声を潜める。
「そんなすてきな奥さんがいるのになんで?」
「美里さんて、ただのおばさんじゃない?」
「しょぼくれてるわよね」
 攻撃が容赦ない。
「だれが見たって、リカさんのほうがすてきよね」
「あのリカさんを袖にするとかありえないんだけど」
「リカさんめっちゃきれいよね」
 八木は驚く。
「会ったことあるの?」
「いえ、雑誌で見ました」
 なんと、雑誌の取材までうけているとは。当日、大変な騒ぎになるんじゃなかろうか。小さな爆弾のつもりだったが、メガトン級だったようだ。ただ、女子社員たちへのアプローチは大成功だ。当日までに話題を広げてくれよ、と八木はほくそ笑みながら給湯室を後にした。

 パーティ当日、週末の夕方、圭太はいわれた通りホテルの玄関で梨花を待った。もうすぐ着くと連絡をもらってからまもなく、梨花ののったタクシーはエントランスに横付けされた。降りる梨花に圭太は手を差し出した。
「悪いわね。すこしつきあってちょうだい」
「とんでもない。エスコートするやつが、こんなしょぼくれたやつで申し訳ないよ」
 そんなしおらしいことをいう圭太に梨花はすこし驚く。
「ええ? ほんとにそう思っている?」
「思っているよ。きみはきれいだからね。ほら、みんな振りかえる」
「それは別の噂のせいじゃない?」
 圭太は首を振る。ロビーを抜け、エレベーターで会場の四階で降りると、一気に周囲がざわつきはじめる。
「リカさんよ」
「リカさんだわ」
「リカさんが」
 女子社員たちが色めき立っている。梨花は耳に入ってくる自分の名前におどろく。
「ええ? わたしそんなに有名人だったかしら」
「すこし前から、こうだったよ。僕も何人かに奥さんってリカさんなんですねっていわれたよ。非難がましくね」
「あら、申し訳なかったわね」
 くすりと梨花は笑った。
 会場内に入ると、一気に人の目が集まった。さすがの梨花も身構える。浮足立つ女子社員たちに、男子社員も便乗する。
「へえ、あれが……」
 好奇の目をむけられると、非常にいたたまれない。圭太が重役集団の中にいた父母のところまで連れていってくれて、ようやく解放された。
「みなさん、お待ちかねだよ」
 父がいった。なにがだよ、と梨花は父をにらんだ。
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