文字数 1,174文字

 週末からのもやもやが晴れていく。うれしい。とてもうれしい。ふわふわと魂が天にむかって昇っていく。
 その反面、別の思いが頭をもたげる。これではまるで美里といっしょではないか。既婚の男の甘い口車に乗って、浮かれるなど。
 ふたりならんで、男が口説き文句をささやくというこの構図、ぜったいあのふたりにもあったはずだ。自分が同じ行動パターンをするなど、ゆるしがたい。
 自然とむうと口がとんがる。その口の上下を、トオルは指でキュッとつまんだ。
「なにか面倒を考えているだろう」
 そう簡単に割りきれるものじゃないもの。のどまで出かかったそのことばは、霧散する。
「むくれたって、かわいいだけだよ」
 はい、降参です。いいなりになります。
 女の(さが)
 これが女の性ってやつか!
 惚れた男にはとことん弱い。
「じゃあ、行こう」
 梨花はトオルの手をとって、素直に立ちあがった。

「なぜユリなんだ」
 いつものシティホテルの一室。キングサイズのベッドの中。梨花は透の腕の中にすっぽりと収まっていた。透は梨花の腰をなでながらそう聞いた。
「意味はないわよ。カタログから選んだの」
「えっ? そんなものなの?」
「そうね。思いつきだったしね」
「なにか、こだわりがあるのだと思っていたよ」
 梨花はタトゥーをいれたいきさつを話して聞かせた。マイとケンイチのこと。サロンのこと。圭太を見返してやろうと思ったこと。
「え? じゃあ、古川は知らないの?」
 透がおどろく。
「知らないわよ。一度も見たことがないわ」
 透は、はあっと大きく息を吐いて、梨花を抱く腕に力をこめる。
「梨花。俺はいま、ものすごく優越感にひたっているよ。つぎ古川に会ったらドヤってしまうかもしれない」
 梨花はフフッと笑う。
「どうぞ。かまわないわよ。したところで、あの人は気にも留めないでしょうけどね」
 梨花のことばは冷めている。
「……あの話はほんとうなのか。恋人がいたっていう話は」
「えっ? その話出ているの? いったいどこから……」
 八木だな。八木しかいない。
「……ほんとうなんだ」
「うん、まあね。別れさせたのは父だけど」
「乗っかったのは古川自身だろう」
 透の声は非難がましい。
「だからこんなにこじれているのよ。じゃなかったらとっくに別れているわ」
 透は微妙な顔つきで梨花を見つめる。透がなにをいうかわかった気がしてその唇に人差し指を押しつけた。
「もう、いいのよ。わたしはこうしてあなたに会えるだけでいいの」
 ほんとうは、愛していると伝えたい。
「うん」
 とだけ透は答えた。その短いことばの向こう側にある彼の気持は梨花にはわからない。わかりたくない。知るのはこわい。
 だからどんなに刹那的でも、ただ透に情熱を注がれるこの時間にすがっていく。それだけあればいい。それだけは失いたくない。

 そう思っていたのに、手放したのは梨花のほうだった。
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