あんたのせいだ

文字数 1,374文字



 家にもどるなり、さっそく父に食って掛かった。
「どういうつもり? わたしには春人がいるのよ。別の人と結婚なんてできるわけないじゃない!」
「結婚と恋愛は別だよ。わかるだろう? 古川くんは出世頭だし、性格だって温厚だ。見た目だっていいんだし、結婚相手には申し分ないだろう」
「そんな条件だけで結婚するわけじゃないもの!」
「条件は大事だよ。春人くんは恋人にはいいだろうが、結婚相手としてはどうだろう。勤務先だって中小企業じゃないか」
「なにが悪いの? ちゃんと働いているじゃない。わたしだって仕事は続けるし、ふたりで暮らすには十分だわ」
 梨花の目には涙が浮かぶ。
「子どもが生まれても仕事を続ける気か。そんなの無理だろう」
「ちゃんと育休も取れるもん!」
「そもそも、きみたちつき合って二年もたつのに、まだ結婚の話も出ていないんだろう。だったら彼にはその気がないのじゃないか」
 梨花はぐっと詰まってしまう。そこは突かれたくない。梨花だって今か今かと待っていたのだから。とうとう涙がこぼれてしまった。
 両手を握りしめて涙を流す梨花に父もため息をついた。べつに娘を泣かせたいわけじゃない。二年たっても踏ん切りのつかない優柔不断な男よりも、最初から結婚に向き合っている古川のほうがよっぽどいいじゃないかと思っているだけなのだ。
「落ち着いてよく考えて見なさい」
 そういった父に、梨花はヒステリックに泣き叫んだ。
「絶対いや!」
 そういい捨てると、二階の部屋に駆け上がってしまった。部屋にこもると、ベッドの上に身を投げ出しクッションに顔をうずめて泣きだした。
 だいたい春人がいつまでも煮え切らないのが悪いのだ。さっさと結婚を決めてくれたらよかったのに。
 そんな恨み言がわいてくる。スマホがラインの着信をつげた。通知をみると春人である。なんでこのタイミングで、と間の悪さに余計腹が立つ。そもそも、なにを話せばいいのだ。結婚させられそうだといえば、さすがに春人も焦るだろうか。
 あんたのせいだ。スマホを部屋の隅にむかって投げつけた。くだらない八つ当たりなのはわかっている。でもどうにも気がすまない。そのまま日が暮れるまでぐずぐずと泣き続けた。一度母がやってきて、晩ごはんよと声をかけたけれど無視をした。さっきあれだけ食べたのに、まだ食べるのか。だから太るのだと梨花の八つ当たりはやまない。
 十時になってから、こっそりと階下に降りてふろに入った。これ以上泣いては、まぶたが腫れる。明日の仕事に差し支えてしまう。イヤホンを耳にさし、お気に入りの音楽を聴きながらベッドに潜った。結局この日、春人に連絡することはなかった。
 翌朝、さっさと身支度をととのえると両親の顔をみることもなく家を出た。後ろで聞こえた母の朝ごはんは、という声は無視をした。
 重いまぶたと頭で一日の業務をこなし、ロッカールームへもどる。スマホを確認すると、春人から何件ものラインが入っていた。
 どうしたの?
 なにかあった?
 だいじょうぶ?
 連絡して
 あいまに電話。古川からもきのうの夜と今朝の二件のライン。
「無駄にまめだなぁ」
 つい声が漏れた。古川は無視するとして、春人はどうしよう。さすがにこれ以上無視するわけにはいかない。
 ちょっと話がある
 そうラインを送ると、すぐに着信が鳴った。はあ、ため息をついて電話に出た。
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