変貌
文字数 1,127文字
ああ、よくないのだなあ、と思いつつ香苗は聞いた。
「どうでした?」
「……うん」
それきり梨花は返事をしない。
「うちの伯母は、すっかり抜けて今はまだらじゃなくなりましたよ」
励ましているのか、いないのか。医者の話では、大きなケガや手術がきっかけで起きることもある、症状らしい。原因もきっかけもはっきりとはわからないという。
色抜けした箇所が限定されるのであれば、紫外線治療や外用薬などの治療もありうるが、梨花の場合は全身に及んでいて、おそらく進行性のもの。しかも乳がんの経過観察中とあれば、治療によるよけいな刺激は避けた方がいいといわれてしまった。
「メイクでかくしますか」
香苗にいわれてそれしかないのだろうな、と思う。
そこで、はたと考える。世の中にコンシーラーは山ほど存在するが、逆はあるのだろうか。白くなったところを黒くする逆コンシーラー。ググってみると、ふたつだけ存在した。白斑用と銘打ってある。拾う神ありだなあ、とさっそくカゴへぽちっとする。
商品自体は二日で届いた。届いたはいいが、いざ塗ろうと思ったら、範囲が思いのほか広い。顔の中で色の抜けた箇所が三分の一ほど。不規則な形で点在する。
それをひとつずつ説明書に書いてあるとおりに塗ろうと思うと、何時間かかるのだろう。気が遠くなって塗る前にふたを閉めてしまった。
マスクでかくそう。
前髪でおでこを隠すと見えるのは目の周りだけ。なんとか目立たなくて済みそうだった。そのうちに色抜けの箇所は徐々に広がり、つながっていく。やがて割合は半々になり、逆転してしまった。
一年たたずに、ほぼ全身が白くなってしまった。わずかに残った部分が逆にシミのようだ。美白でいいじゃないかというわけじゃない。病的に白いから、あまりいい感じはしない。
「見事に白くなりましたねー」
香苗がおもしろそうにいう。全身から色素がなくなってしまった。残ったのは、瞳とユリのタトゥーだけである。
「エルフみたーい」
耳はとがっていない。真紀はゲームからすこし離れたほうがいいと思う。
いまや百人の男をかしずかせようとしていた梨花は鳴りを潜めた。ボディラインがあらわな服も、赤いリップも似合わない。
左側の空のブラジャーには、詰め物をして形をごまかす。さらにそれを隠すように、ゆったりめの服を着る。ぴったりとしたニットなどもっての外だ。
肌色と髪の色に合わせると、メイクもしぜんと薄めになる。眉毛もまつげも明るめの茶色じゃないと、浮いてしまう。うっかり濃い色で書いてしまうと、眉毛をいたずら書きされた白い犬のようになってしまう。
「だれだ?」
弟にいわれた。自分でもそう思う。顔の造作は変わっていないはずなのに、人相すら別人のようだった。
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