背徳的で官能的

文字数 1,520文字



 仕事柄、外見には人一倍気をつかっている。ヘアスタイルもメイクもネイルも。でもオトコ遊びをするなら全身お手入れしないといけない。
 風呂上り、自分の裸を鏡に映してみる。二十代後半の体はすこし締まりがない。こころなしか胸や尻がたるんでいる。腹もぽよんとしている。お肌のハリも失われつつある。
「これはヤバい」
 思わず口に出た。
 ジムに通おう。ボディメイクだ。おっぱいもおしりもきゅっと上がるように。ウェストははっきりとくびれるように。二の腕と太もももパンっと張るように。
 それからエステ。しなびれかけたお肌にハリとツヤをとりもどすのだ。毛穴もくすみもさようなら。
 あと全身脱毛。脇と手足でやめていたサロン通いを復活しなければ。肩も背中も、もちろんデリケートゾーンも。
 手間ひまかけて、男がよろこぶ体を作りあげるのだ。裸の梨花は仁王立ちで、鏡に向かってにやりと笑った。
 楽しみじゃないか。磨きぬいたボディで男たちをとりこにしてやる。
 春人と別れ、圭太と結婚するまでの半年間、やけくそになった梨花は遊びまくっていた。同僚が連れていってくれた新宿のバーは、もちろんバーとしてもちゃんとしていたけれど、一夜の遊び相手を探すことも暗黙の了解となっていた。
 ひとり、カウンターで飲んでいると、相手を待っている合図だ。三十分もすわっていれば、三人くらいには声をかけられる。いいと思ったらオッケーする。選ぶ基準はただの勘だ。本名は教えないし、連絡先も教えない。教えるのはニックネームだけ。それが暗黙のルール。それを破ると出禁となる。
 偶然が重なって、二回目三回目の相手もいたけれどやはり名乗りはしなかった。
 あそこがいい。あそこで遊び相手を探そう。検索してみると、あのバーは健在だった。「waxing moon」

 三か月をかけて体を仕上げた。脱毛が終わるにはもうしばらく時間がかかるけれど、これなら人様の前に晒してもだいじょうぶ。早番が終わった日、いったん家に帰って念入りにシャワーを浴びる。すみずみまでボディクリームを塗りこむ。この日のために買っておいたシルクとレースのランジェリーをつける。大人のいい女風のボルドーのセットはTバック。鏡に映してみる。プルっとまるいおしりが強調される。
 梨花は満足してにんまりと笑った。スリップを着てストッキングをはく。下着と同じボルドーのレーヨンのワンピースに袖を通す。
 ケバくならないように、それでも昼間よりはすこし濃いめにメイクをする。セミロングの髪の毛はゆるく巻いて下ろして。最後にこの日のために買った、背徳的で官能的なフレグランスを軽くひと吹き。
 指輪はもういらないか。そう思った。指輪を引き抜く。二年間そこにとどまっていた指輪は、なかなか抜けなかった。ハンドソープを泡立ててまとわせると、指輪はくるくると回ってやがてするりと抜けた。抜いた指輪は化粧水のとなりにことりと置いた。
 外した跡は白くふやけていた。ハンドクリームを塗って、軽くマッサージをした。まだ跡はわかるけれど、店に着くころにはもうすこし目立たなくなるだろう。自分の手をじっと見つめる。ネイルももうちょっと華やかにしたいな、と思う。仕事柄ネイルは地味だ。なにもかも変えたいと思った。
 バッグに充電の終わったスマホを入れると、黒いハイヒールをはいて家を出た。あたりは暗くなり始めている。
 電車に揺られながら、つらつらと考える。もともと、産休育休を考えてこの会社を選んだのだった。女性が多くて、子育てに理解があって、育休後の復帰がしやすいところ。ところが、梨花にはそれが必要なくなった。ならばもっと自由な服装ができるところに転職してもいいのじゃなかろうか。
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