だまし討ち
文字数 1,204文字
二十六才になった今、恋人もできた。
「次の日曜の休みはいつだ」
突然父に聞かれた。
「え? ああ、再来週だけど」
梨花の休みはシフト制なので不定期だ。
「そうか。大事な客が来るから、あけておきなさい」
いや、デートなんだけど。そんな思惑は一蹴された。
「きみもあいさつをするんだ」
なんだろう、大事な客って。父の客なら梨花には関係ないはずなのに。怪訝な顔をする梨花に母はキャピキャピと話しかける。
「お昼用意するから、てつだってね」
いよいよ怪しい。
迎えた当日、昼少し前にチャイムを鳴らしたのは、父の部下だという若い男だった。抜かりなく人気のパティスリーの焼き菓子を手土産に持って。
これが大事な客? 不信感が募っていく。けれど、客間に通された時点で、父の思惑がわかってしまった。父のとなりにすわらされる。正面には客の男。
「彼は
父が紹介する。
「いやいや、僕なんてただの若造ですよ」
と謙遜するも、父はさらにかぶせてくる。
「年は三十一才だったよな。梨花より五つ上か。ちょうどいいな」
なにがだ。顔がこわばる。そもそも春人の存在を知っててなんの茶番だ。こんなだまし討ちのような見合いなど。梨花の機嫌は悪くなる一方だが、この古川という男はなにも聞かされていないのだろう。恋人がいるとわかっていて、のこのこ出かけてくるような無粋な男にも見えない。だとしたら、あからさまに態度を悪くするのも気の毒だろう。そう思って、梨花は精一杯愛想笑いをする。
「ほら、古川くんは見てのとおりのイケメンだろう。女子社員にものすごく人気があるんだよ」
なぜ、ものすごく、を強調する。だったら、そこで見つくろえばいいじゃないか。いや、常務の娘というのが重要なのだろうな。結婚したら将来は約束されたものだからな。
たしかに彼は背も高いし、見てくれも悪くない。だが、気が弱そうな気がする。きょうだって、いやといえずに来たのではなかろうか。
「それにね、この若さで係長だ。出世街道まっしぐらだよ」
そうか、これは父の青田刈りか。自分の派閥に取り込むつもりなのだろう。あきれてしまった。自分の娘すら手駒にするのか。
「梨花、食事の用意てつだって」
母に呼ばれてキッチンに行く。
「なんなのこれ」
小声で母を問い詰める。
「素敵な人じゃない。よかったわ」
「そういうことじゃないのよ。わたしには春人がいるし」
「あら、結婚は別の話でしょ」
「はあ?」
思わず声が大きくなる。まったく別じゃない。
「結婚するなら春人がいい」
「さあ、お料理運んでちょうだい」
梨花のことばは無視された。父は上機嫌で話し込んでいる。古川も愛想よくうなずいている。せっかくの春人とのデートをキャンセルした挙げ句の果てがこれか。梨花はため息をついた。
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