文字数 1,389文字
マンションを引き払い、梨花の実家で日本で最後の晩餐をすませ、弟に車で空港まで送ってもらった。出発は深夜である。
家を出るときに、別れのあいさつはすませてあるから、そそくさと車を降りて、じゃあねと手を振ると、弟もじゃあなと何の迷いもなくさっさと車を出した。
一階から中に入る。エスカレーターに乗って、出発ロビーへ上がる。門出である。うれしくて楽しくてしょうがない。ならんで歩いているだけで、顔がほころぶ。搭乗ゲートへ向かっていくと、視線の先に見なれた人物がたっていた。
「ええ? なんで」
梨花と透を、圭太は待ち構えていた。どことなく遠い目をして圭太はいった。
「きみはそんなふうに笑うんだな。はじめて見たよ」
なにをいっているんだ。というか、なにをしに来たのだ。
「どうして、わかったの?」
「加藤に聞いたんだ」
加藤のおせっかいめ。
「僕はきみのそんな笑顔を知らなかったよ。僕のせいだな。すまなかった」
「もう、いいっていったじゃない」
梨花は半ばあきれ顔だ。
「うん、わかってる。きょうはそうじゃないんだ」
そういうと、透に顔をむけた。
「野田」
「だましたつもりじゃなかったんだが……」
透は、口ごもる。
「いや、いいんだ」
そういって圭太はかすかに笑った。
「僕がいえた義理じゃないのはわかっているんだ。それでも」
そういうと、圭太は頭を下げた。
「梨花を頼む」
梨花はちょっと引いてしまったけれど。
「ああ、わかった」
透は力強くうなづいた。男同士でなにか通じるものがあるらしい。
「これから最後の最後までずっといっしょにいるよ」
透がいうと、圭太は安心したように肩の力を抜いた。
「じゃあ」
透は梨花の背を軽く押して歩き出す。その後姿をしばらく見送って、圭太は背を向けて反対方向に歩きだした。
帰ろう、美里が待っている。
透は梨花をつれてチェックインカウンターの行列の脇を先に進む。
あれ? こっちは……。
「え? ファーストクラス?」
「うん」
透は自慢げにほほえんだ。
「俺たちの特別な旅だからね」
ふわあっと梨花は舞い上がる。
「はじめて乗る」
グランドスタッフをしていたころも、二度ほど奮発してビジネスクラスに乗った。割引で乗れるとしても、ふだん乗るのはエコノミーだったのだ。
「俺もファーストははじめてだよ。楽しもう」
待つことなくすべての手続きが終わり、ラウンジで搭乗の案内を待っている。
大きないすにくつろいで、シャンパンを傾ける。
大きな窓の向こうには、滑走路。空には三日月。雲ひとつない絶好のフライト日和。
「上弦の月だね」
透がいう。
「あ」
梨花が気づいた。
「waxingmoon(上弦の月)」
透は満足げにうん、と笑った。
「上弦の月の意味を知ってる?」
梨花は透を見つめる。
「……知らない」
「欠けていたものが、これから満ちていくってことだよ」
「これから……」
「そう。これから。俺たちがwaxingmoonで出会ってから二十七年もたったけど、まだはじまったばっかりだ」
そういって透は梨花の手をとる。
「これから、あと二十年か三十年。いっしょに欠けたところを満たしていこう」
梨花はいたずらっぽく笑う。
「いやよ。四十年!」
透もくすりと笑う。
「わかった。四十年な」
握った手に力がこもる。
「どんなときもずっといっしょだよ。もう離れないから」
「うん!」
梨花の笑顔がはじけた。
fin.
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