かわらぬ愛の歌
文字数 1,406文字
透のマンションは、目黒川沿いから奥まった住宅街の一角にあった。中層階ではあるがりっぱなエントランスの、黒塗りの迎えの車が横付けしても見劣りのしないマンションである。
迎え入れられた部屋は2LDK。室内は男のひとり暮らしらしく、いたって簡素である。
「もっと質素でいいとはいったんだが」
透は笑う。
「常務となると、そうもいかないらしくてね」
単身用のワンルームに運転手付きの黒塗りの車が来るわけにもいかないだろう。
「きみを迎えるなら、もうすこし広いほうがいいかもね」
梨花をソファにすわらせて、透はキッチンでコーヒーメーカーをセットする。やがてたちはじめた香ばしい香りにのぼせた梨花の頭は落ち着きを取りもどす。
コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置くと、透は梨花のとなりに腰をおろした。ソファに横座りでまっすぐに梨花に向き合う。
せっかく取り戻した梨花の落ち着きは、あっというまにどこかへ飛んでいってしまった。
「……ええ、近いんだけど」
そんな梨花のことばにはおかまいなく、透は伸ばした手で梨花の白い髪の毛を
「この髪も」
その手が頬をなでる。
「この肌も」
すこしためらって、胸へとおりてくる。梨花の体にピクリと緊張が走る。
「この傷も」
透が真顔になった。
「全部俺が受け止めるから。だから」
ぐいとひきよせられて、透の腕の中に収まる。ああ、変わらない。透の熱、匂い。
「ひとりで恐れるな」
梨花は目をつぶって透の匂いを吸い込んだ。
「俺も」
透は続ける。
「正直、怖いんだ」
梨花を抱きこんだまま、耳元で話し続ける。
「三年前にきみを抱いたのが最後だ。俺はまだ男として機能しているのかわからない。前みたいにきみを抱きたいと思うけれど、自信がない」
透がそんなことを思っていたのか。そんなことを話してくれたのが、梨花はうれしい。おたがいに、胸の奥に恐れを抱いていて。
「だったら、わたしたちは」
「うん、いちからやり直そう。偶然あのバーで出会ったふたりじゃなくて、野田透と古川梨花として」
透は腕を緩めて、梨花を見つめた。
「古川は気に入らないが」
梨花はクスっと笑った。
「うん、早くなんとかするわ」
「俺も加藤をせっつこう」
それからキスをした。途絶えてしまった三年を埋めるように長い長いキスをした。
口をつけられないまま、コーヒーは冷めていく。
寝室へつれて行かれ、ベッドに横たわる。覆いかぶさった透に、一枚一枚服を脱がされていく。続く熱いキスと、梨花と呼ぶささやきに頭の芯までぼうっとする。この人はきっと自分にとって麻薬なのだ。何の抵抗もできず、されるがままだ。
ブラを取り払われてあらわになった胸を、梨花は思わず隠そうとする。その手を透はそっとつかんだ。
「全部受け止めるといっただろう。何度もいわせるな」
なんて甘い叱責だろう。その傷を透の大きな手が覆う。
「痛かっただろう。苦しかっただろう。もうきみひとりに、そんな思いはさせないから」
透は変わらず、情熱的に愛を注ぐ。梨花の不安も恐れも薄らいでいく。
「俺もだいじょうぶそうだ」
くすりと笑った。あっという間に三年の空白は埋め尽くされていく。
「梨花、愛してるよ」
いままで、けっして口にすることのなかったことばを、透ははじめていった。
「梨花、もう離さないよ」
「梨花、ずっといっしょだよ」
透がささやき続ける。
透。
透。
透。
わたしもあなたを愛してる。
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