罰
文字数 1,085文字
乳ガンがみつかった。
梨花、五十才。
四十才のころから年に一度、人間ドックを受けていた。母の強い勧めである。母は人間ドックで乳ガンを早期発見したのだ。早期だったため小さくてガンだけの摘出で、乳房は温存できたのだった。
だからこそ、娘にも強く勧めたのだが、見つかった梨花のガンは乳房を温存するには大きくなりすぎていた。左乳房全摘出。梨花に下された診断である。リンパ節を残せるのがせめてもの救いだ。
母といっしょに手術の説明を受けた。本来ならば夫である圭太が付き添うのだろうが、それはいやだった。圭太にも美里にも、弱みを見せたくなかった。
そして医師から見せられたその図に絶句する。脇の下からななめ下に延びる大きな傷。失ったおっぱいのかわりにそんな無残な傷跡が残るのだ。激しいショックを受けて、梨花の目から涙があふれた。
さらに術後の抗がん剤治療と副作用。
梨花はただただ泣くばかりだった。ちゃんと年に一度人間ドックを受けていたのに、なぜこんなことに。早期発見されるのではなかったのか。もし、発見されても乳房は温存できるのではなかったのか。
忙しさにかまけて、三か月先延ばしにしたのが悪かったのか。透との逢瀬のバチが当たったのか。いや、それなら美里にも当たらなければおかしい。自分だけ当たるのは理不尽だ。
いや、そんなことはどうでもいい。そんな体になったらもう透に会えない。そんな体、透の前に晒せない。愛してもらえない。
透。
透。
透。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
いつもみたいにギュッと抱きしめて。
わたし、死ぬかもしれない。
怖い。
怖い。
怖い。
透に助けてほしい。でもそれをことばにするのはゆるされない。こんな関係を続けてきた自分がうらめしい。
やっぱりバチが当たったのだ。自分に都合のいい解釈をして、圭太には開き直り、透には甘えを押しつけた。二十一年もこんな関係を続けてきた、そのツケだ。
ぐずぐずと泣き続ける梨花を母は自宅へ連れ帰った。
「ひとりにしておけないし、圭太さんは当てにならないから」
父も、もうずっとこっちにいなさいという。父と母に上げ膳据え膳で甘やかされて、一晩泣き明かした翌日。
泣いてばかりもいられなかった。自分が抜けた後のサロンをどうにかしなければいけない。個々の店舗の運営はそれぞれの店長にまかせてあったが、全体の経営は梨花がひとりで担っていた。
これを機会に、香苗にまかせてもいいかもしれない。もしかしたら、このまま身を引くことになるのかもしれないのだから。またあふれそうになる涙をこらえて、梨花は経営者としての自分を貫く。
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