爆弾投下

文字数 1,133文字



 圭太は律儀に家に帰ってくる。べつに向こうに泊まりこんでもかまわないのに、と梨花は思う。気をつかわれるのがなお、うざったい。穿(うが)った目で見るせいか、やたらと卑屈に感じてしまう。
 落ちぶれたなぁ。つくづく感じる。出会ったころの爽やかなイケメンはどこに行ってしまったのか。
 会社での立場もかなりまずい状況だと、八木から報告があった。梨花が出したオーダーは、八木が手を下すまでもなく、ふたりの関係は社内で噂になった。外で会うことのできないふたりは、美里のマンションですごす。その際、いっしょに近隣で食事をしたり、スーパーで買い物をする姿を会社の人間に目撃されたのだ。しかも数人に。
 これだけ大きな会社だ。同じ最寄り駅に住んでいる人間がいるとは思わなかったのだろうか。詰めが甘い。
 圭太の妻が松島常務の娘であるのは、社内では周知である。それはまずいだろう、とみんなが思う。とばっちりに巻きこまれるのを嫌って、みんなが距離を置く。次第に二人は孤立していった。
 八木がしたことはひとつだけ。
「恋人と別れさせてまで強引に結婚したのになぁ」
 このひとことを、給湯室でたむろしていた女子社員たちに投下しただけ。
「なにそれー!」
 見事な食い付きだった。
「そのままだよ。奥さんには恋人がいたんだって。係長がいってた」
 いったのは常務だが。ひどーい! ありえなーい! 最低! 非難のあらしが吹き荒れる。当然美里への風当たりはひどくなった。あからさまな嫌がらせもあったが、誰も見て見ぬふりをする。美里は涙目で耐えるしかない。
 この状況を古川は何と思っているのだろう。自分が引き起こした状況にもかかわらず、古川自身は手を出すこともままならない。へたに手を出せば、さらなる攻撃が待っている。
 本人たちは移動があることを期待しているようだが、梨花がそれを止めていることは知らない。
 バカだなぁ。自分から権力におもねったくせに。
 かといって、耐えかねた美里が会社を辞めることもないらしい。この浅はかな男のなにがそんなにいいのか、八木には理解できない。きょうもひとりで会議の準備を押しつけられた美里を手伝う。会議室の中にはふたりきり。
「また押しつけられちゃったね」
「いつものことですから」
「だいじょうぶ?」
「これくらい耐えますよ」
「……なぜそこまでするのか聞いてもいい?」
「え?」
「あっ、無理やり聞くつもりじゃないよ。ただ、気の毒だなと思ってね」
 同情するふりをする。めずらしく優しいことばをかけられて、美里の瞳が揺れた。
「だって、わたしのせいで係長がひどい目にあっているから、これくらいは我慢しないと」
「ええ? 古川さんのせいで美里さんがひどい目にあっているんじゃないの?」
 おもしろい話が聞けそうだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み