文字数 1,015文字


 梨花に八木から連絡が来たのは、依頼から一週間目だった。いわれたとおり伝えましたよ、八木はそういった。
 伝えたとき、透はどんな様子だったのか、気になったけれど聞かなかった。聞いてどうするのだ。未練がましくすがってくれたら満足するのか。
 たしかにそれは、一時の自尊心は満たしてくれるだろうが、結局はなににもならない。いっそ、きれいさっぱり切り捨てられたほうがあきらめもつくというものだ。
 なんの覚悟もつかないまま、手術当日を迎えた。前日から入院し、手術の準備に入る。さまざまな手続きは圭太がやってくれた。入れ替わり立ち替わりやってくる医者や看護師に、にこやかにだいじょうぶですと答えながら、心中はさっぱりだいじょうぶじゃない。
 不安だし怖いし、これだけの思いをして再発したらと思うと、体は小刻みにふるえる。ちらりと圭太を見ながらも、ここにいるのが透だったらどれだけ落ち着くか、と思ってしまう。
 面会時間終了のギリギリまで圭太と父と母がいてくれたが、看護師に追い出されるように帰ってしまうとひとりポツンとベッドの上に取り残されてしまった。父がとってくれた個室がやたら広く感じてかえって不安を増す。
 いつもなら家に帰りつくような時間に、消灯を迎えてしまい、当然眠れるわけもなく薄明るい常夜灯の中、意味もなくスマホを見つめる。やたら早い時間に夕食を食べ終わり、すでに小腹がすいているが、手術までもうなにも食べられない。口にしていいのは水だけである。
 手持ち無沙汰ってこういうのかなぁ、とぼんやり思う。そういえば、こんな時間は久しく過ごしたことはない。とくにサロンを営むようになってからは、いつもなにかに追い立てられるように過ごしてきた。それがあたりまえだった。
 棚ぼた式にサロンを引き継ぎ、デザインを考え、収支を考え、集客を考え。スタッフにも恵まれた。おかげで経営は順調だ。いままで考えたこともなかったけれど、仕事に関しては相当ラッキーだったんじゃないだろうか。
 よかったのかな、わたしの人生。
 ピコン、とラインの着信が鳴った。見るとサロンのグループラインだった。香苗をはじめスタッフたちから次々メッセージが届く。
「がんばってくださいね」
「こちらはご心配なく」
「安心してまかせてください」
「無事に終わりますように」
 目頭がじんわりしてくる。やっぱりよかったんだな、と思った。ありがとう、がんばるねとメッセージを残してスマホの電源を切った。
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