欲情
文字数 1,410文字
新宿駅で降りて、バーにむかっていくと、急に不安になってくる。店の中で浮いてしまったらどうしよう。だれにも声をかけられなかったらどうしよう。店の前についても、ドアの前で
やっぱり帰ろうかな。チキンハートが首をもたげたとき後ろから声をかけられた。
「入りますか?」
若い男だった。ドアを開けると、どうぞと梨花を招き入れた。ああ、もう入るしかない。ありがとうといって、中に踏み入れた。バーは三年前と変わっていなかった。
まっすぐにカウンターにむかうと、変わらないバーテンダーがちょっと目をみはった。
「お久しぶりですね」
ああ、覚えているんだ、と思うとなんだか照れくさい。どうぞ、とカウンターに案内される。前と同じようにジントニックを注文する。目の前にグラスが置かれたとたん、二人の男に囲まれた。
「このあと、どうです?」
梨花は戸惑って男たちを見上げた。三人でってこと?
「あ、もちろん別々ですよ。どちらか選んでくれませんか」
いや、それは選びにくい。それにふたりともあまりタイプじゃない。遊びなれているのはかまわないけれど、なんだかチャラい。もうすこしスマートな人がいいな。
「ちょっと落ち着いて飲みたいから」
そういうと男たちは、残念といって離れていった。でもこんなにすぐに声をかけられるんだ、と梨花はほっとした。だいじょうぶ。いける。梨花は背筋をのばして、グラスに口をつけた。
それから十分もしないうちに別の男に声をかけられた。
「こんばんは。ケイタです」
「ごめんなさい」
もう帰ろうかなと思ったときだった。
「モテモテですね」
となりでそういったのは、さっきドアを開けてくれた人だった。
「そんなことはないですよ」
「いえいえ、まだ十五分しかたってないのに僕で四人目だ」
ああ、この人も誘っているのか。
「僕がお誘いしても?」
じっと目をのぞきこまれて、頬が熱くなる。
「ありがとう。よろしくね」
スマートな人だった。見られては困らないかと気をつかわれ、かまわないと答えると連れて行かれたのはおしゃれなラブホテルだった。その間ずっとさりげなく腰に手をまわされていた。ホテルに入ると慣れたしぐさで部屋を選びキーを取る。
エレベーターを降りて部屋のドアを開けて中に入る。とたんにキスをされる。いままでかぶっていたジェントルな仮面を脱ぎ捨て、熱い男の欲情を見せつけてくる。自分に欲情している。梨花はそれだけでも満たされる。
圭太からはそんな熱い欲を感じたことはなかった。たぶん義務だったんだろう。梨花が満たされることはなかった。アレも美里には欲情するんだろうか。
彼の欲はなかなか尽きず、時間を延長してそれでもまだ果てを知らなかった。
「ああ、ごめんね。もうやめるよ。だってきみ、最上級だから離したくない。朝までいたいくらいだ」
最上級の女。わたしは。
そのことばは、梨花の自尊心をおおいにくすぐった。
「楽しんでくれた?」
「もちろん。きみのことは忘れられないよ」
梨花も満足だった。ここまで求められたら女冥利に尽きる。しかも最上級という誉めことばつき。手間ひまをかけた甲斐があったというものだ。
身も心も満たされた帰り道、自然と頬が緩む。ヤバい。やみつきになりそう。
実際、それからは月に二回、三回と通うようになった。行くたびに何人かに声をかけられ、選んだ男たちはみんな梨花に夢中になった。「いい女」と自負していいだろうか。
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