第28話 彷徨(4)

文字数 2,125文字

皺だらけのジェームズは、一人の女性の名前を挙げた。自警団にいたドロシー。マディソンの幼馴染である。
ジェームズが気になる理由は、マディソンがドロシーの恋人を二度奪ったこと。一度目は高校の頃。二度目は大人になってからで、ドロシーが店の食器を壊して騒ぎになった。
事件に巻込まれる女性に、特に珍しくはない武勇伝である。
両親と三人で暮らすドロシーは、今は働いてもいない。マディソンは言わずもがな。人生を彩る恋煩いは、二人を不幸にしただけだった様である。
この重要な人物に気付かなかったのは、自警団の活動のせいで間違いない。

ロレンツォとナバイアは、カリフォルニア・ポピーが風に揺れるドロシーの自宅を訪ねた。大人が、時間と愛情を確かに注いだ庭である。自慢していいレベルだが、少しだけメルヘンが強い。
おそらくは平和な両親に聞かせないために、ロレンツォがSUVでの会話を提案すると、ドロシーは笑顔で受け入れた。
ドロシーと並んだ後部座席で、口を開くのはロレンツォである。
「あなたはミセス・ベイリーと幼馴染で、自警団にも参加されています。きっと、彼女のことにも詳しいと思って、お時間を頂いたんです。」
ドロシーの笑顔は、微かに嫌味を帯びた。
「何か聞いた?調べたんでしょう。」
ロレンツォは、優しい笑顔で応えた。
「何も。だから、今からお話を聞きたいんです。」
ドロシーは、助手席のナバイアの顔を探したが彼も笑顔。ドロシーは、理解不能な歓迎に、逆に笑顔を消した。
「嘘よ。私とマディソンが喧嘩したことがあるから、エラを殺したと思ってるんでしょう。」
なじられても、ロレンツォの笑顔は変わらない。
「まだ、殺しとは決まっていませんし、あなただけが怪しいとも思っていません。皆にお話を伺っています。」
ナバイアが頷くと、ロレンツォの言葉を信じたのか、ドロシーは笑顔を取り戻した。
「分かってくれてればいいの。私はやってないから。」
ロレンツォは、小さく何度か頷いた。
「大事なことですね。あなたはやってない。ただ、今、気になったんですが、お二人の仲はよくないんですか。」
ドロシーの笑顔に、また嫌味が混ざった。より正確には悪意である。
「いいわけないでしょう。誰だって、知ってるわ。」
ロレンツォは、助手席のナバイアと視線を合わせてから、ドロシーと向き合った。
「それなら、何故、自警団に?犯人と疑われると思うぐらい仲の悪い相手のために、人生の貴重な時間を費やすのは嫌ですよね。」
ドロシーの顔から笑顔が一瞬で消えた。感情を隠せないのは、親としか接していないからかもしれない。
「敢えて言うなら、優越感ね。施す側と施される側。誰の目にも、私が勝者よ。」
ロレンツォは、ドロシーの意地悪な目を見ながら、首を傾げた。
「お嬢さんが気の毒とは思いませんか。子供に罪はないとか。答えとしては、その辺りがスタンダードですよ。」
ドロシーの顔は予想外に歪んだ。不快感の明確な意思表示である。
「あれは、マディソンのコピーよ。中学生のくせに、ガラの悪い大学生と付き合ってたわ。いつかは、こんなことになると思ってたのよ。」
言葉だけで疲れたロレンツォは、それでも事実の確認にかかった。
「付き合うとおっしゃいましたが、それは、所謂、恋愛関係ですか。」
ドロシーが渋い顔で頷くと、ロレンツォはスマートフォンを取出した。この手の女がガラの悪い男と言うなら、あの男で十分である。
「その大学生は、この男性ですか。」
ロレンツォがシャビーの写真を見せると、ドロシーは頷いた。
「そう、こいつよ。マイヤーズのところの。」
シャビーと付き合っていたのはマディソンと認識していたロレンツォは、もう一度確認した。信じられないのである。
ロレンツォの頭に、一瞬、幼い日の姉の顔が過ったが、それは事件とは関係ないこと。
「彼は、ベイリー家によく出入りしていました。お嬢さんとも顔見知りです。彼が付き合っていたのは、母親のミセス・ベイリーじゃないんですか。」
ドロシーは、注意深く耳を傾けていたが、やがて、ゆっくりと大きな微笑みを浮かべながら口を開いた。もう、彼女の中には、何かの結論が出ている。
「シャビーとエラは、二人だけで南の林でよく会ってたのよ。私、見たことがあるもの。」
ロレンツォは、取敢えずは自論を補足したドロシーを見つめた。
「それなら、何故、そこの捜索を他の人に任せたんですか。一番、怪しいのはそこでしょう。」
ドロシーの笑顔に嫌味が戻ってくる。
「嫌でしょう。だって、…。」
ドロシーは、込上げた笑いを抑えるために、一度、話を中断した。ドロシーが口を開いたのは、ロレンツォとナバイアの顔を順に見てから。
「だって、嫌でしょう。死体を見つけたら。」
それが仕事のロレンツォが黙って見つめていると、ドロシーは満面の笑みを見せた。
「マディソンとマイヤーズの子供は付き合ってたんでしょう。娘にも嫉妬したんだわ。マディソンらしい。」
耐えられなくなったロレンツォはドロシーから視線を外したが、ナバイアは悲しい中年女に微笑んだ。
「ミセス・ベイリーの名前を出した理由は、年齢のつり合いだけです。忘れて下さい。」
暫く笑ったドロシーは、固い握手で、ロレンツォとナバイアを激励して、SUVを去った。
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