第38話 灼熱(2)

文字数 1,502文字

ほんの数時間後の朝。
疲れたロレンツォとナバイアは、ウッドストックを避けて、ルナを目指した。
店の扉を開け、マヤの姿を見つけても、驚きはない。何なら、期待通り。綺麗な絵が見たかったのである。
「朝みたいね。」
あまりに懐かしいチャック・ベリーが流れる中、マヤに話しかけられた二人は、笑顔でボックス席を目指した。眠気は最高潮である。
ソファに腰を下ろし、眠い顔を両手で擦るロレンツォの元に、いつも通り、マヤはやってきた。
トロピカルな香りから遅れてバニラ。
今日のロレンツォは、息を大きく吸った。眠気のせいで本能が勝ったのかもしれないが、それは調香師の勝利である。
「いつもの。」
メニューを渡される前にロレンツォが注文を終えると、笑顔のマヤはナバイアを見つめた。
視線に気付いているナバイアは、メニューを受け取りながら、口を開いた。
「シャビーが殺された。君が教えてくれた子だ。」
メニューを眺める時間を稼ぐためではない。情報提供者に対する義務である。
一般人にとって、その言葉は、警官にとってのそれより遥かに重い。
純粋に悲嘆にくれるのか、実感が湧かず、悲しい顔をつくってみるのか。あるいは、今更、死の恐怖を思い出すのか。
彼女の場合、名前を指した責任に潰される可能性もある。
五秒止まったマヤの答え。
彼女は涙ぐんだ。取敢えず、見た目はそう。
ナバイアはメニューに目を移し、ロレンツォはテーブルの上の自分の手を見つめた。
関わるのを避けたのである。
間もなく、ナバイアは、今日の一品を決めた。
「ケサディーヤ。それとホット・コーヒー。」
仕事をさぼれないマヤは、指で涙をすくうと口を開いた。
「OK。それ、美味しいわ。」
ただ、足が動かなかったのか、マヤはその場で鼻をすすった。綺麗につくり上げた安い仕掛は、もう見えない。
「もしも、シャビーのことを思うなら、犯人の手掛かりになる様なことを教えてほしい。」
ロレンツォがマヤの顔を見上げると、マヤは天井を見上げた。泣き顔を見られるのが嫌なのである。
間もなく、ロレンツォの目に戻ってきたマヤの顔は、涙こそ残るが、満面の笑みだった。
「シャビーはドラッグをやってたわ。」
少し吹っ切れた様ではある。ロレンツォの表情は変わらない。
「見たままだ。そんなことでは殺されない。つくってた?」
マヤは何度か頷いた。
「でも、アイスとかじゃない。アシッドよ。学校で。」
「ご機嫌だな。誰が裁いてた?」
「自分で。」
「他には誰が?」
「シャビーだけ。学校の友達とか、うちの店で売ってたの。」
「レストラン?」
「ライト・ハウスよ。安いおばあさんが使ってたわ。」
ロレンツォは、軽く首を傾げると言葉を続けた。
「そのことは、他に誰か知ってる?」
マヤは、ロレンツォとナバイアの顔を交互に見てから答えた。
「多分、町の皆が知ってるわ。」
ロレンツォの眉間に皺が浮かぶと、マヤは言葉を急いだ。
「どっちでも同じと思ったのよ。どうせ、病院でもっとキツいのを出されてるわ。捕まえるなんて。」
ロレンツォは、口を閉じると、マヤを見つめた。
深い意味はない。アンヘリートが年老いたチッピーと一緒に薬に手を出している、嫌なビジョンを消すためである。
妄想が止まらないロレンツォが導いた一つの結論。
この町は親切な様で親切ではない。面倒から逃げて、犯罪者を野放しにしている。
それがシャビーの無駄な死を生み、かつてのクロノス事件を生んだ。
犯罪者は病人で刑務所は病院。病人を見つけたら、すぐに病院に入れ、徹底的に治療するべきなのである。
あるいは、居留地の住民との喧嘩がつくった正義の前科者達が、この町の法のかたちを変えているのかもしれない。
間違いなく、この町は病んでいるのである。
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