第23話 即妙(5)

文字数 2,326文字

町を移動するのに一時間。公衆電話の前でシャビーを見つけられなかったロレンツォとナバイアは、ヘンリーに聞いたシャビーの自宅を訪ね、その結果、大学を訪ねることになった。
何人かの学生に話を聞いた二人は、自転車置き場で、負けず劣らず汚れたブラウンといるシャビーを見つけた。アンヘリートに殴られた鼻の腫れが目立たない程だらしないビジュアル。誰もが見たことがあるという男。それがシャビー。
二人は景色を纏って近付いたが、その日のシャビーの反応はよかった。アンヘリートのせいで、野生が顔を覗かせていたのかもしれない。
ブラウンも引き摺られる様に走り出したが、ターゲットは彼ではない。ロレンツォとナバイアは、もたつく影に一切構わず、真っ直ぐシャビーに向かった。鍛え上げられた二人は猟犬の様。あるいはレーザー。
ある程度、距離があるので、そう遠くない未来にシャビーがばてるまで待つ必要がある。
ロレンツォが手間を感じたその時、シャビーの走る先に若者の集団が見えた。ほぼ男である。人間を屈強と脆弱の二つに分けるなら、屈強。ロレンツォとナバイアの思い描いたビジョンは同じである。口を開いたのはナバイア。
「連邦捜査官だ!そいつを止めてくれ!連邦捜査官だ!警官だ!」
言われた若者達は、逆にシャビーから逃げ、道を開けた。それが人間である。
無敵を感じたシャビーは、心臓を忙しく鳴らしながら微笑んだ。
無法者に憧れる理由があるとすれば、この瞬間。誰とも違わない普通の人生を歩んできたその他大勢が、自分を恐れて逃げ惑う。自分がオンリー・ワンと自覚できる時。
自分の中の神に近付いたシャビーが人の谷を走り抜けようとした時、しかし、どこからともなく一本の足が現れた。それこそ、神の所業の様に、誰のものとも分からないその足は、走るシャビーの足を鮮やかにかけた。
一瞬、シャビーは宙を舞い、成す術もなく大地に放り出された。
容赦ない打撃に加え、アスファルトに混ざる砂利が服と肌を擦り減らす。
痛々しいが、半分、容疑者のシャビーへの同情は、ロレンツォとナバイアの中にはない。
追いついた二人は、うつ伏せで倒れたシャビーを仰向けにした。顔を染める血のせいで、アンヘリートの一撃はいよいよ分からない。
ぼろぼろのシャビーに満面の笑みで話しかけたのはロレンツォである。
「皆の友情に感謝しろ。」
罪を重ねないうちに捕まる方がいいと思うのは警官の発想。意味の分からないシャビーが苦痛に顔を歪めると、やはり笑顔のナバイアが口を開いた。学生達は、恨まれるのが嫌なのか、遠巻きに三人を眺めるだけである。
「いい学校に通ってるな。警官だって言っても、協力してくれたぞ。どんな手を使って入った。」
シャビーの返事はない。ロレンツォとナバイアは、シャビーの荒い息が静まるのを笑顔で待ったが、シャビーが体の向きを変えようとするのは、頑なに許さなかった。
二人は、シャビーを拘束したのである。

更に一時間後。シャビーは、血だらけの顔を拭かれ、ロレンツォとナバイア、それにハンクの前に、一人で座っていた。
場所は保安官事務所のグレーの取調室。傷んだ防音材が囲む密室は、淡いグリーンの学び場とは対照的な場所である。
シャビーの真正面に座ったハンクは、微笑みながら低い声で喋り続けた。
「母さんは元気か。」
二人は顔見知りと言うこと。シャビーの反応がないのを見ると、ハンクは次の矢を放った。
「お前の姉さん。まだ、美容院で働いてるだろ。」
神経に響いたのか、シャビーが揺れ始めると、ハンクは追い打ちをかけた。
「妹は元気か。もう大学生だろう。」
親戚の女の話題は何となく気持ち悪い。揺れるシャビーの顔が息苦しさを伝えると、ハンクは笑った。
「そうだ、シャビー。それが正解だ。好きに溺れろ。反吐が出るぜ。」
ハンクがシャビーに顔を近づけると、ロレンツォとナバイアは笑いをかみ殺した。シャビーを知るハンクのスタンスが自分達と変わらないのが、おかしかったのである。
「OK、××××の息子。お前の親戚の女を全部思い浮かべたか。」
ハンクは、シャビーを目で揺らした。
「いいか、人殺し。もしも、お前が中学生の女の子を殺したなら、お前の親戚の女全員が片っ端から〇〇〇〇になる。誕生日も結婚記念日もない。日曜も関係ない。毎日、〇〇〇〇だ。朝から晩まで〇〇〇〇、〇〇〇〇、〇〇〇〇、〇〇〇〇。〇〇〇〇、〇〇〇〇、〇〇〇〇、〇〇〇〇だ。全自動だ。他の誰のせいでもない。全部、お前のせいだ。生きてりゃあ、少しは別だ。それでも、全員、※※※※がいいところだ。※※※※、※※※※、※※※※、※※※※。死ぬまで、※※※※、※※※※、※※※※、※※※※。決まってるからだ。××××の親は××××だ。生まれた町でしか生きられない。分かるな。××××の息子。噂話で口喧嘩につかみ合いだ。服を破られても、うちには来ない。ちゃんと想像しろ。お前の母親と姉妹だ。町を出ても、仕事はない。××××だからな。そうすりゃあ、すぐに△△△△に目をつけられる。」
笑いの波を越えたロレンツォとナバイアは、一応の義務を果たした。口を開いたのはロレンツォ。
「ハンク。取調べは録画する必要がある。スタートしたらどうだ。」
ハンクは、ロレンツォを一瞥すると軽く頷き、記録を開始した。ハンクは、警察学校の教えを覚えている。
「〇年△月□日◇時◎分。シャビーエル・マイヤーズへの取り調べを、ハンク・ベネット保安官と連邦捜査局ロレンツォ・デイビーズ捜査官、ナバイア・ハウザー捜査官が行う。シャビーエル・マイヤーズ。あなたは弁護士を雇っていい。黙秘する権利もある。」
ハンクが低い声で嫌そうに説明すると、ロレンツォとナバイアは顔を両手で覆い、笑顔を隠した。
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