第8話 戯論(2)

文字数 1,948文字

ロレンツォとナバイアは、その後、子供数人の話を聞き、学校を後にした。
よくあることだが、大した情報は得られていない。エラの悲劇を吹聴しただけかもしれないが、それはそれ。目的は、その後の彼らの反応である。子供の情報網が意外と馬鹿にならないことは、誰もが知っている。
粛々と予定を消化していく二人の次の行先は、学校の近くの畑。
自警団に会うためである。
商店街のボスのジェームズ・ネルソンという男が、エラが姿を消した当日、ジョナサンの頼みで捜索に手を貸した。ジェームズの弟はこの町に四人残っているが、残った皆が親分肌。翌日には仲間の数が膨れ上がり、押しも押されもしない自警団になった。そういう話である。
彼らがここを探す理由は、ヘンリーのレポートで知っている。
普通の中学生であるエラは、通学の途中、灌漑施設の用水路沿いをよく歩いていた。幼い頃は、そのままどこまでも歩き、遥か南の先住民居留地で見つかったことが何度かある。
用水路の中を歩いていたこともあるそうだが、それは子供達から聞いた貴重な話である。
畑の前に何台か車が止まっているので、彼らは近い。
車を降り、ぬかるむ地面を確かめる様に歩いたロレンツォとナバイアは、間もなく、棒で大きな水音を立てながら用水路の中を進む一団を見つけた。
「ミスター・ネルソン。」
ロレンツォが声を上げると、水の臭いはそのままに一団は動きを止め、一斉に二人の方に顔を向けた。
先頭に立っていたのは、体格のいい老人。帽子をとった彼の眼光は鋭く、鼻は高い。何となく威厳があるので、おそらくジェームズである。
ジェームズは、二人を頭の先からつま先まで観察すると、状況を理解した。
「連邦捜査局か。」
ロレンツォは、軽く手を挙げて微笑んだ。

そこに居たのは、ジェームズを含めて四人だけだった。
ロレンツォとナバイアの短い自己紹介の後、ジェームズがメンバーを紹介した。
「こっちがマディソンの幼馴染のドロシー・エバンズ。隣りがジョナサンの行きつけのバーをやってるダニエル・ジャクソン。あと、アンヘリート。何でも屋だ。ここは狭いから、俺達だけでやってる。」
ジェームズの弟はいない。ロレンツォは、ヘンリーのレポートでも見た名前を聞きながら、一人一人と視線を合わせて微笑んだ。但し、僅かな違和感が残る。
「“ここは”と仰るからには、他にも?」
聞いた話より、随分、少ないので、気にはなっていたことである。ロレンツォの問いかけに、ジェームズは頷いた。
「俺の弟達が、先住民居留地の周りを探してる。そっちは百人ぐらいいる。」
微笑んだロレンツォが次の質問を口にするよりも、ジェームズが早かった。彼の視線の先にいるのはナバイア。視線は厳しい。
「この町だと、お前は揉めるぞ。」
思わぬ指名に、ナバイアは笑顔で応えた。
「動物園にでも入れられますか。」
古い冗談を、ジェームズは鼻で笑った。
「居留地の奴らと揉めたのが、くすぶってる。今日も手を貸してくれてるが、ガラのいい奴らじゃない。」
ナバイアは、取敢えず肩をすくめた。人種で判断されるのでは、何もしようがない。
それはバディのロレンツォも同じである。永遠の議論から逃げたロレンツォは、まっすぐ続く用水路の先を眺めた。
淡いブルーの空との境界線が気になるほど広大な林。その先の断崖は想像もできない。人の価値観が通用しない世界である。
捜査中に、思わず大自然を感じたロレンツォは、空気を軽く吸うと社交辞令を口にした。今までの話の流れはもう知らない。
「少し手伝いましょうか。」
スーツでは水に入れない。微かに気分を害していたナバイアは、ロレンツォの胡散臭いリップ・サービスに微笑んだが、分かり易く、彼よりも笑っている男が一人だけいた。
ブラウン・ヘアの見るからに爽やかな男ダニエル。年はロレンツォ達と同じぐらいである。
「手袋をしないと、爪が汚れるよ。」
問題はそこではないが、確かに四人はビニル手袋にヒップ・ウェーダー。完全防備である。
強面のアンヘリートが、笑顔らしきものを浮かべながら口を開いた。
「あんたの立ってる辺りには、カリフォルニア・ニュートがいる。毒イモリだ。気を付けた方がいい。」
ロレンツォとナバイアは、一応、周囲を見渡してから微笑んだ。どうも揶揄われている雰囲気である。察したドロシーが、人懐っこい笑顔で口を開いた。
「いるのは本当。絶対に食べたら駄目よ。」
ナバイアは、微笑みながらドロシーを指さした。分かり易い冗談には、分かり易く応えるのが人間である。
やり取りを見守ったダニエルは、にこやかに言葉を続けた。
「あとでうちの店に来なよ。何か知ってる奴がいるから。商店街にあるチャルマンの酒場。ダブルCって言ったら、皆、分かるよ。」
ロレンツォとナバイアは、その響きに田舎のノリを感じ、小さく笑った。
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