第9話 戯論(3)

文字数 1,497文字

ジェームズと別れたロレンツォとナバイアは、残る自警団を目指してSUVを走らせた。
駐車する車の列は見つけたが、林はあまりに広く、人影はない。しかし、二人はここでも見慣れたセダンを見つけた。色はメタリック・シルバー。
目に付いた理由は、パワー・ウインドウが開いたから。
ハンクである。今日もヘンリーの姿はない。
大柄なハンクが車を降りるとロレンツォとナバイアも続き、軽い挨拶を交わした三人は林の中へと足を進めた。
遠くからはグリーンしか気にならなかったが、春先の林は命で溢れかえっている。
鳥の声は、きっとソング・スパロウ。至る所で顔を見せる小さなイエローの花は、バターカップだとすると早いかもしれない。苔むした木々が強く香る冷たい空気に包まれながら、三人は、自警団を目指して、静かに歩いた。
静寂を破ったのはハンクである。声は低い。
「クロノス事件のことは調べたか。」
若い二人が小さく笑うと、ハンクは言葉を続けた。体格のいい彼の足取りは重い。
「さらって一か月ぐらいしてから、体のどこかを送ってくる。」
「言わなくていい。調べたよ。」
グロテスクな話を遮ったロレンツォは、意識して美しいものを目で追ったが、ハンクは構わない。
「最初は普通の気狂いだと思ったんだ。相手はチッピーだ。ハンターが出たとしか思わん。他の皆が足を洗ってくれりゃあいい。でも、二回目で分かった。普通じゃない気狂いだってな。」
笑うしかない二人が苦笑すると、何を勘違いしたのか、ハンクはうれしそうに二人を見た。
「最初は手首だった。それからずいぶん経って、もう片方の手首を送ってきた。」
「いいと言った筈だ。」
ロレンツォは声量を上げたが、ハンクのお喋りは止まらない。木漏れ日が見せる光の奇跡も、ハンクの目には届かないのである。
「それが、腐ってないんだ。組織も壊れてない。分かるな。切って、縫って、切る。生きたまま、少しずつ…。」
「やめてくれないか!」
ロレンツォが語気を強めると、ハンクは自分の無神経を認めた。
「悪い。こっちは物を見たからな。少し麻痺してる。でも、大事なことだから、言ってるんだ。」
ロレンツォは、ハンクと視線を合わせずに言葉を返した。
「今、大事なのはエラを探すこと。そのために、自警団とのネットワークをつくることだ。」
ハンクは、渋い表情のまま、何度か頷いた。それも大事なことは知っている。但し、ハンクにとって、クロノス事件こそ、もっとも大事なことなのである。
「いいか。今の話だけでも、何個も気になったろう。チッピーは、なんでそんな目に遭わなきゃいけなかったのか。理由があったとして、最初の一か月、切られなかったのはなんでか。それにも理由があったとして、その一か月、チッピー達は何をされたのか。」
ロレンツォの視線はやはりハンクとは逆に向かっていたが、ナバイアはハンクを少しだけ見た。こんな残酷な話を、どんな顔でしているのか、気になったのである。
ハンクは笑っていない。顔は苦渋に満ちている。
「今のエラがその状態だ。切り刻む前。下ごしらえの真っ最中だ。」
エラの死をほぼ確信するロレンツォは沈黙を守ったが、ハンクの表情を知るナバイアは付き合った。
「もしも、犯人がクロノスなら、エラは死んでいてくれた方がいいな。」
ハンクは、目の輝きを失ったナバイアのために、言葉を続けた。
「優しいな。でも違うぜ。まだ、エラは生きてるんだ。いい石鹸と薬がある。とにかくジョールを探せばいい。連邦捜査局総出で、奴の居場所を探し出せば、皆、平和に戻れる。簡単だ。」
ロレンツォがただ顔を横に振ると静寂が訪れ、三人は、どこにいるか分からない自警団を探して、ひたすら歩き続けた。
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