第64話 中道(4)

文字数 958文字

“死ぬまでの絶望が短いのは、幸せなことかもしれない。”

ジョールは、電車に轢かれて死んだ。
ロレンツォは病院に直行したが、ナバイアとハンクは、死体袋に入れられるジョールを見た。万が一にも拾い残しのない様に、警官達は念入りに周囲を確認した。
初めてロレンツォを襲った日のジョールも線路に逃げたが、この町の電車が故郷のそれより速かったのか、痛む体が思う様に動かなかったのか。
あるいは、ジョールはこの最期を望み、いつも、線路に向かって、逃げていたのかもしれない。
すべての過去を捨て、偽りの人生を生きていたジョールの本当の気持ちは、誰にも分からない。

ロレンツォ達が失ったのは、ジョールの命だけではない。
もう、ジョールに事件の真相を聞くことはできない。
病院で話したことが真実だったとしても、エラの居場所は分からないのである。

濡れた服のまま、保安官事務所に戻ったナバイアとハンクは、間もなくアンナの淹れたコーヒーの香りに包まれた。
ミルクと砂糖を大量に入れ、スプーンで混ぜながら口を開いたのはハンク。
「お前の中じゃ、捜査はもう終わったんじゃないか。」
コーヒーを口にしたナバイアは小さく笑った。
「それは、そっちの方だろう。ライフワークがなくなったんだ。町の皆も、もう何が起きても、クロノスのせいに出来なくなる。」
ハンクの答えは早い。
「言っとけ。子供が惨い死に方をした田舎町が、十年後にどうなるか考えてみろ。逃げられる奴は、皆、町を出ていく。悪い思い出から逃げようとするからな。ここからが勝負だ。」
勿論、分かっているナバイアは、軽く頷いた。
ナバイアの胸元のスマートフォンが鳴ったのは、彼がコーヒーを何度か口に運んだ後。
ナバイアは、濡れた髪をかき上げながら電話に出た。
耳に入ったのは、ほぼ意味のない報告。
取敢えず、どこかの現場を見てほしい。そのぐらいである。
ナバイアは、スマートフォンをしまいながら立ち上がった。
「行こう。飢え死にしたエラが見つからないうちに。」
眉を上げたハンクは、一気にコーヒーを飲み干した。

三人の張り込みの間も、必死のローラー作戦は昼夜を問わずに続いていた。
先住民居留地の住民も、皆が協力した。
子供の命がかかれば、越えられない壁はないのである。
逆に、もう壁は残っていない。
エラの捜索は、確かに暗礁に乗り上げているのである。
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