第11話 戯論(5)

文字数 1,994文字

ロレンツォは、八人が囲むテーブルの上にIDを置いた。
「連邦捜査官のロレンツォ・デイビーズです。彼はナバイア・ハウザー。」
決して警官と相性が良くなさそうな男達は、まずはナバイアを睨み、ナバイアがIDを手に取ると、視線を逸らした。笑顔はない。
「この町のエラ・ベイリーという中学生の女の子が行方不明になりました。知らなくはないんじゃありませんか。」
ビール瓶をテーブルに置いた男が、口を開いた。
「ジョナサンの娘だろう。」
出だしは上々である。ロレンツォが笑顔で話の先を促すと、別の男が反応した。
「天罰だ。」
何人かが顔を横に振るのが救いである。
「そのうち戻って、親の仕事でも継ぐんじゃないか。」
よく聞くフレーズが、ベイリー家の場合は複雑になる。勿論、意味は分かっている筈である。
ロレンツォは、話の流れを正した。
「エラは、命に関わる状態にいる可能性がかなり高いです。」
黙ったままの皆の視線が自分に集まると、ロレンツォは、お決まりのフレーズを口にした。
「どんなことでもいいんです。何か心当たりはありませんか。」
反応は鈍い。ロレンツォは説明を加えた。
「誰かがエラにからんでたとか。ジョナサンと揉めてたとか。」
八人は、区々に顔を見合わせた。答える気はあると考えていい。
「前に、ジョナサンとエラが、若いジャンキーと一緒にここに来たことがある。」
意味のある答えは初めてである。
ロレンツォの問いかけには、男達のちっぽけな良心を動かす程度の力はあったということ。
男達の視線が意味ありげに動くのは、何かを話したい様にも見える。ただ、誰も続かないので、もう一押し足りないことは確かである。
空気を読んだナバイアは、自分の出番を感じた。
「よく思い出してみてもらえませんか。皆さんに一杯ずつ御馳走しますよ。」
ビールで機嫌の良かった彼は、人参を投げた。その心に、一切の他意はない。
しかし、この瞬間、場の空気は、誰にでも分かる程、大きく変わった。
男達の表情が、不意に厳しくなったのである。プライドが傷ついた。目がそう物語っている。
一人が口を開いた相手は、しかしロレンツォ。
「そいつは何とかならないのか。気に入らない。」
予想と真逆の反応に心を揺さぶられたナバイアの時間が止まると、別の一人が追い打ちをかけた。
「何で、こいつに恵んでもらわなきゃいけないんだ。」
二人は、ナバイアを見てもいない。視界に入ることさえ、拒絶している様に見える。
その時、ロレンツォの頭にジェームズの言葉が過った。
“居留地の奴らともめたのが、くすぶってる。今日も手を貸してくれてるが、ガラのいい奴らじゃない。”
それがこの男達なら、確率論的におかしくない展開。今まで知らない振りをしていたのなら、なかなかの腐り方である。
ロレンツォが陥ったコンマ数秒の空想が生んだ間は、別の男から次の言葉を引き出した。
男の視線は、しっかりとナバイアを捉えている。
「いいか、ジェロニモ。お前が〇〇〇〇女とどんなゴミを食おうと、どんな酒で◇◇◇◇を吐こうと好きにすりゃあいい。ただ、俺達のテーブルに、急に上から来られたら無理だぜ。」
分かり易く、追い払っているのだろうが、嫌な予感しかしない。
ロレンツォは、男とナバイアの顔を交互に見た。威嚇されれば、制圧するのは基本だが、この町ではこれがスタンダードかもしれない。
ロレンツォの目に映るナバイアは、ただ何度も頷くだけで、表情もいつも通り。大丈夫そうである。ロレンツォは、思っていた以上に大人のバディに感心した。まさに、一杯奢りたい気分。核のボタンを任せられる男である。
しかし、それは儚い夢だった。
ナバイアは、侮辱を受けて、黙って引き下がる男ではない。彼は、ロレンツォが知るままの彼。連邦捜査官として、日々、鍛錬に励む彼には、相手の人数も関係ない。
ナバイアは、暴言を吐いた男の手首を掴むと、そのまま捻った。いつも通りの彼に、無駄な動きは一切ない。腰を上げずに動いた男は、椅子を引きずった。勢いのせいで、音は大きい。
ダニエルや他の客の視線が一斉に集まると、ロレンツォは二人の間に身を入れた。ほぼ、反射神経である。但し、手首を捻られた男が空いた手でナバイアのスーツを掴んだので、ほぼ無意味。エスカレートは必至である。
残りの七人も、椅子を鳴らして、勢いよく立ち上がる。彼らの背が、ロレンツォとナバイアより遥かに高いことが分かった瞬間、思わぬ方向から、よく通る声が響き渡った。
「止めるんだ!!」
掴みあう二人の動きは急に止まらないが、他の皆の視線は声の主の方に自然と向かった。
皆が見たのは、バットを持ったダニエル。笑顔の消えた若い店主の顔は紅潮している。
バットを置いていたのは、おそらく護身用である。彼が許容できる暴力の限界は、銃ではなくバットということ。
男の手をナバイアから剥そうとしていたロレンツォは、優しい勇気を久しぶりに見つけ、密かに微笑んだ。
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