第30話 彷徨(6)

文字数 1,470文字

ロレンツォとナバイアがシャビーを解放したのは夕方。当然、行先は留置場である。
いつの間にか、ヘンリーの代わりにデスクに座っていたハンクは、二人の姿を見つけると、低い声を響かせた。
「随分、長かったみたいだな。」
ロレンツォは、小さく笑った。
「シャビーのおしゃべり好きには困った。」
そんな筈がないことを知り過ぎるハンクは、鼻で笑った。顔は自然に横に動いている。
「あいつは関係ないだろう。」
それが、昨日からシャビーを攻め続けたハンクの結論だった様である。
ロレンツォは、ナバイアと顔を見合わせた。
「やってないな。あれは。」
ナバイアは笑ったが、ハンクは一瞬で顔色を変えた。
「じゃあ、何やってんだ。」
ハンクは、地元の人間なのである。それは絶対の絆。
見えない大きな壁の出現に、ロレンツォは笑いを消した。
一方で、犯罪者に対して、それなりの態度で接するのがロレンツォである。
子供が相手なら、猶更。何なら、それこそ、ロレンツォが連邦捜査官を目指した理由である。
「女子児童に手を出していた。ドラッグをやらせたかは言わないが、聞くまでもない。逮捕は出来る。」
ハンクの表情は変わらない。
「そんなことは、最初から知ってる。シャビーがいなくたって、ジョナサンもマディソンも無茶苦茶だ。エラも。皆、知ってるんだ。」
それは、ロレンツォとナバイアも薄々分かっている。
三人の間に生まれた沈黙を破ったのは、ナバイアの呟き。
「それって、どうなんだ。犯人がいい奴とでも言うのか。」
ハンクは、視線だけをナバイアに移した。
「犯人はクロノス。ジョールだ。一か月もすると、エラを刻み始…。」
「止めてくれ。」
ロレンツォが昔話を遮るのはいつものことであるが、ハンクは馬鹿ではない。
「まあ、いい。じゃあ、エラの話だ。将来のな。誰も見ない振りして、エラとシャビーが別れりゃあいい。エラは、記録の中なら綺麗なままでいられる。だがな。市長がテレビで演説した事件で、被害者が性的虐待なんてことになったらどうなる。何が起きるか、誰にだって分かるだろう。」
この世は、この手の超法規的な優しさで回っている。実際、警官は殆どの犯罪の前で無力である。僅かに苛ついたロレンツォは、正論を口にした。
「未成年を狙った性犯罪だ。罰する法が存在するからには、行使していい。法を定める議論の場にもいない人間が、勝手に判断するべきじゃない。そういうのを隠蔽体質と言う。クロノス事件を未解決にした真の原因だ。」
思わぬ全否定に、ハンクは笑えない。自覚はあるということ。
「俺はお前らよりこの町のことを知ってるがな。ただ犯罪者を庇う訳じゃないぜ。自分が悪いなんて、誰も思ってない。言っとくぞ。そんなことをすりゃあ、エラは公開処刑だ。皆、一生、騒ぎ立てる。」
ロレンツォは、ナバイアと顔を見合わせてから口を開いた。それは、正論が時に嘘の様に聞こえるから。不安なのである。
「それなら、エラがこの町にいることが間違いなんだ。性犯罪者を刑務所に入れて、エラは自分に似合った環境に移る。それがあるべき姿だ。」
顔の皺を増やしたハンクは、ロレンツォの言葉が一貫して冷たい理由に、不意に思い当たった。
「思い出したぜ。お前ら、エラはもう死んだと思ってるんだったな。聞いた様なことを言うから、勘違いしたぜ。」
ロレンツォとナバイアの顔を交互に見たハンクは胸を張った。声は低い。
「この町の保安官として言わせてもらう。エラは俺が守る。シャビーは明日釈放だ。勝手はさせない。逆らうなら、本気で行くぜ。」
ロレンツォとナバイアは、ただでさえ渋いハンクの一番険しい表情を知った。
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