第40話 灼熱(4)

文字数 2,260文字

悲しい家にいたマディソンが任意同行を求められたのは、その二時間後。
泣き叫ぶジョナサンは、マディソンの肩を抱いていたロレンツォのスーツを引っ張り、間に入ったナバイアを押しのけた。
血迷っただけの抵抗の先に勝利はなく、ハンクに羽交い絞めにされたフクロウは、図太いハンクの腕の中でもがいた。口を開いたのはハンク。
「聞け、ジョナサン。何もしてなきゃ、何てことはないんだ。お前もそうだったろう。」
振返ったマディソンを見るジョナサンの瞳孔は開いている。危険である。
「それならここで聞けばいいんだ。俺の前で。」
ハンクは腕に力を入れた。
「面倒だ。ルール通り、やらせろ。やってなきゃ、ドライブと一緒だ。何度も言わせるな。」
「嫌だ!」
ジョナサンが怒鳴ると、ハンクは耳元で何かを囁き始めた。
冷めた目でジョナサンを見ていたマディソンは、哀れな夫から視線を外した。きっと、ジョナサンは大人しくなるに決まっているのである。
マディソンは、何も言わずに玄関を出ると、自分の乗る車を探して、周囲を眺めた。
その目に映ったのは、パトカーが呼び寄せた近所の住民達。
好奇心で集まっただけの野次馬の顔は、ジョナサンの絶叫のせいで強張っている。
何がおかしかったのか、微かに笑ったマディソンは、追いついたロレンツォに優しく背を押されると、されるがまま、SUVに乗り込んだ。

保安官事務所に到着した三人は、ヘンリーが手配した弁護士が到着すると、取調べ室へ移った。
録画を開始してから、自己紹介に権利の説明。
マディソンの顔から笑顔が消えない理由は、やはり分からない。
取敢えず、ロレンツォは、言葉を選んだ。
「あなたの容疑を端的に言います。あくまでも可能性です。怒らずに、落ち着いて、聞いて下さい。」
ロレンツォは、笑顔のマディソンに見つめられると、愛想笑いを返した。
「あなたは、自分の不倫相手であるシャビーエル・マイヤーズが、実の娘であるエラ・ベイリーと関係をもったことに腹を立てると、クロノス事件を装い、殺害した。その後、ミスター・マイヤーズが警官と接触すると、不安に思ったあなたは、同じくクロノス事件を装い、殺害をほのめかしてミスター・マイヤーズを口止めした。やがて、ミスター・マイヤーズがあなたの犯行に気付くと、皆がFFCと呼ぶ廃墟に呼び出し、遂には殺害した。」
マディソンの口角は、ロレンツォの推理が終わる頃には、完全に下がっていた。
弁護士に先んじる最初の一撃はクリーン・ヒット。大粒の涙がこぼれたのは予想外である。
但し、泣かれてしまうと、最初の笑顔の意味がいよいよ分からない。
弁護士と視線を合わせて頷いたロレンツォは、マディソンが口を開くのを待った。
震える様な鳴き声だけが空気を揺らす数分間。
涙を拭かないマディソンの顔は、徐々に下へと下がっていく。
ロレンツォは、方針を変えると、弁護士に軽く手を挙げ、口を開いた。
「ミセス・ベイリー。一つずつ、確認していきましょう。昨夜、あなたはどこにいましたか。」
何も答えないマディソンに、ロレンツォは決まり文句を唱えた。義務である。
「黙秘してもいいですが、裁判で不利になる可能性がありますよ。」
俯いたままのマディソンの涙は止まらない。ロレンツォは次の質問を口にした。
「それなら、質問を変えます。あなたとミスター・マイヤーズの関係を教えてもらえませんか。」
泣き続けるマディソンを見ながら、ロレンツォは質問を続けた。
「ミスター・マイヤーズは、お嬢さんとも関係がありました。御存じでしたか?」
弁護士が眉を潜めると、ナバイアが代わった。ギリギリの線である。
「最初に、ミスター・マイヤーズのことを教えてくれなかったのは何故ですか。」
やはり、マディソンは泣いているだけ。
刺激が必要である。ナバイアは、ロレンツォと視線を合わせると、質問を続けた。
「お嬢さんは、もう死んでるんじゃないですか。あなたが殺したんじゃないですか。」
大きな言葉の波を被ると、今まで静かに泣いていたマディソンは、小さく唸り始めた。
明らかな変化である。両肩が上がったのは、手に力を入れたせいかもしれない。そして、涙は枯れないものらしい。
弁護士がナバイアの名を呼ぶと、ロレンツォが代わった。
「ミセス・ベイリー。嫌な質問なのは、誰にでも分かりますよ。仕事だから聞いています。僕達がここに来てから、お嬢さんの捜査は何も進んでいません。一人の大学生が殺されただけで、何なら事態は悪化してます。その殺された若者は大いに疑わしい人物で、あなたの家に出入りしていたのに、あなたは何も教えてくれませんでした。今のままでは、あなたを疑わざるを得ません。お嬢さんが誘拐されたあなたをです。僕達は、本当に困っているんですよ。」
偽らざる本心である。弁護士の視線がロレンツォに向くと、次はナバイアの番。
「町の皆さんに聞く限り、あなた自身も非常にユニークな方です。自覚はあるんじゃないですか。」
弁護士がすかさず口を挟んだ。
「不当に依頼人を辱めるのはやめてほしい。」
ナバイアは、頷きはするものの話を止めない。
「失礼なのは分かっていますが、伺います。万が一、お嬢さんをどこかに隠しているなら、居場所を教えて頂けませんか。」
マディソンの唸り声は、人間のそれからゆっくりと遠ざかった。泣き続ける彼女は、何度か激しく顔を横に振ったが、決して顔を上げない。
理由は分からないが、マディソンが犯行を否認しないことも、また一つの事実である。
ロレンツォとナバイアは、慟哭するマディソンの頭を、困り果てた弁護士と一緒に見つめ続けた。
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