第50話 邪径(4)

文字数 2,504文字

その日の夕方。約束の相手メアリー・コックスが、市警の応接室に現れた。一人ではない。彼女同様、マディソンと同じ学科にいた女性、ロレンツォの電話に出なかったリサ・ワードが一緒である。
二人とも、ラフなブランド物で身を固めている。それはいい生活の証。
マディソンの仲間だったとは到底思えない。
「僕はロレンツォ・デイビーズ、彼はナバイア・ハウザー。電話で話したのは彼。多分、覚えてますよね。」
ロレンツォとナバイアには、外見と言う強い武器がある。二人が微笑むと、中年女達は警戒の色を少しだけ弱めた。
ロレンツォは、ターゲットにメアリーを選んだ。理由は、電話に応えてくれたから。
「あなたはマディソン・ダイアーという女性と仲が良かったんですか。」
メアリーは、リサと顔を見合わせてから口を開いた。
「皆、彼女とは仲が良かったわ。美人だし、うちの大学では勉強が出来たし。優しかったわ。」
聞きもしないリサが続く。
「皆の記念日を覚えてて、プレゼントをくれたの。高い物じゃなくて。あれが欲しいとか、冗談で言ったことがある物よ。」
ロレンツォは違和感を消しにかかった。
「皆って、何人ぐらいですか。安くても、お金がかかることには変わりないですよね。」
リサが頷く横で、メアリーは首を傾げた。
「別に、私でも買えたぐらいの物よ。覚えてることに感動したの。」
この二人は、マディソンの出自を知らない。ロレンツォは、頷きながら、質問を続けた。
「彼女との交流はいつまで続きましたか。」
過去形が気になったのである。メアリーは、またリサと顔を見合わせてから口を開いた。
「大学の卒業までね。その後、何回、誘ってもこっちに出てこないの。」
リサが言葉を重ねる。
「彼女はSNSをやらないから、殆ど情報が入ってこないけど。なんか、大変そうだって言ってる人はいたわ。」
ロレンツォは、軽く頷くと、質問を続けた。
「彼女は、故郷のことを何か話していませんでしたか。」
メアリーとリサは、顔を見合わせると、声を揃えた。
「ないわ。」
「一度も。」
ロレンツォとナバイアの顔に浮かんだ同情の色を見て、言葉を続けたのはリサ。
「何か嫌なことがあるのかと思ってたぐらい。地元に戻ったから、皆、驚いたのよ。」
ロレンツォは、自分達にとって意味のある言葉を探した。
「彼女にとって、親友と呼べる人はいますか。」
喋るのはリサ。
「いつも皆と一緒にいたわ。誰が親友かって言われたら、分からないわね。」
聞かれたままに答える彼女には、気付きが必要である。
「趣味が一緒で、遊びに行く回数の多かった子だとか、家の方向が一緒で二人だけになる時間のある子だとか、その程度でいいんですが。」
やはり喋るのはリサ。
「いつも二十人ぐらいで動いてたから。マディソンはリーダーシップがあったの。」
おそらくリサは、メアリーがマディソンのことをよく喋ると思った人物。
マディソンに聞けば、リサを親友と言ったかもしれない。
ロレンツォは、軽く頷くと質問を続けた。
「恋人はどうですか。」
「とにかくモテてたわ。学校の外だけど。」
リサの答えのきな臭さに、疲れたロレンツォの眉は下がった。
「モテるとは?不特定多数ということですか。」
リサは、メアリーを一瞥してから答えた。目は懐かしそうである。
「知らない男が待ってることが何度かあったわ。」
多分、彼女の中では羨ましかった話。口を開くのはロレンツォ。
「彼女は、皆と別れて、その男と一緒に行くんですか。」
メアリーとリサは、声を揃えた。
「ノー。」
「ノー。」
リサは、笑いながら説明を続けた。
「マディソンは絶対に相手にしないの。美人だから、慣れてたのよ。」
ロレンツォの質問は終わらない。
「その中に、他の人と扱いの違う相手はいませんでしたか。」
リサは、少しだけ間を空けると答えを見つけた。
「彼女は、人生を楽しみたいとは言ってたわ。よく飲みにも言ったけど、誰かと付き合い始めたって話は聞かなかったの。モテたし。きっと、相手が自分を好きになるかどうかぐらいの時間が好きだったのよ。」
二人の発想は平和な世界のそれである。
ロレンツォの頭には、全く別のビジョンが鮮明に浮かんだ。
全員がカモ。プレゼントの財源は彼ら。
永遠の愛を誓う相手を探す清らかな若者を汚し、今日の遊び相手を探す安っぽい若者に辛酸をなめさせることで、優越感に浸っていたに決まっている。
ただ、それは地元だけの彼女で、この町では幸せな心で生きていたのかもしれない。
「話は変わりますが、彼女がどこに住んでいたか覚えてますか。」
リサは、答える前にスマートフォンを取出すと、地図アプリをタップした。
「結構、いい場所なの。シェアしてたみたいだけど、住んでるだけで羨ましかったわ。」
マディソンらしいかもしれない。
間もなく、微笑みで気持ちを隠すロレンツォの視線の先に、小さな動きがあった。
メアリーが眉を潜めたのである。
「思い出したわ。私、一回見たことあるの。」
ロレンツォは、メアリーに視線を移した。
「何をですか。ルーム・メートとか?」
メアリーは頷きながら答えた。
「そう。変なのがいたのよ。確か、デビー…。ええ、デビー。」
ナバイアが身を乗り出すと、ロレンツォは質問を続けた。
「変とはどういうことですか。外見ですか。行動ですか。」
「少しガラが悪い感じ。薄着で。私達が家に行ったら、そのまま外に出たから驚いたの。」
リサが口を挟んだ。
「覚えてる。水着みたいなの。」
「そう、お腹出してたよね。」
盛り上がる二人に小さく微笑んだロレンツォは、話の先を急いだ。
「ファミリー・ネームは分かりませんか。」
答えるのはメアリー。
「覚えてないわ。聞いてないかも。」
「彼女について、何か会話はしませんでしたか。」
「確かだけど…。マディソンに住む相手を考える様に言ったと思うわ。でも、自分がいないとデボラは駄目だって。テレビとかで見るけど、あんまり聞かない言葉だから。多分、それで思い出せたのよ。」
「同じ学校の娘ですか。」
「ノー。」
「地元の友達ですか。」
「そうだったかも…。よく覚えてないわ。でも、多分そう。」
「理由は何ですか。」
「その後、マディソンが何か言った記憶がないから。」
おそらくは、貴重な情報である。
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