第41話 灼熱(5)

文字数 2,754文字

その日の夜。
ロレンツォとナバイアは、ハンクとヘンリーに連れられて、ダニエルのダブルCに向かった。
そうは言っても、この町一番のバーは、ダニエルの店なのである。
目的は前祝い。マディソンは頑なに黙秘しているが、逆にそれが全てを物語っている。
持久戦の幕開けを前に、睡眠不足の四人に必要なのは、まずは休息である。
この日もハーレーを見つけたが、殺人犯と一緒にいた彼らにとって、大したことではない。
ナバイアに手を挙げたハンクは、先頭を切って店に入った。
「保安官とその客が来たぞ。」
微笑むダニエルに声をかけると、ハンクは店内を見渡した。
多くの客で賑わう中、この間と同じテーブルに例の男達が座っている。この日は三人だけ。
「いらっしゃい。歓迎するよ。」
ダニエルが明るい声を響かせると、客の視線が店先に集まった。ハーレーの男達もご多分に漏れない。
ハンクの背後にナバイアの姿を見つけた彼らは、音を立てて席を立った。
不快感を示すには、それで十分である。
口を開いたのはヘンリー。
「俺達は静かに飲みたいだけだよ。」
店の裁判官であるダニエルは、笑顔で声を発した。
「悪い。また、今度来てくれよ。サービスするから。」
ダニエルの声の先に居たのはテーブルの三人。警官の勝利である。
空気を読んだ三人は、ダニエルの前でカウンターを軽く叩くと、微笑むロレンツォとナバイアの脇を通り過ぎ、そのまま店を出た。
無理に居座っても、酒は上手くない。真理である。
平和を勝ち取った四人は、ダニエルに礼を言うと、空いていたテーブル席に陣取った。
店の雰囲気が元に戻るまでに三十秒。酒の力は偉大である。
そのざわめきに溶け込む様に話し始めたのはヘンリー。
「昔、居留地で揉めたのはあいつらだ。悪い奴じゃなかったんだが、仕方なかった。」
ハンクが口を挟んだ。
「火炎瓶のせいだ。」
皆が小さく笑うと、ヘンリーは悲しそうに頷き、話を続けた。
「皆、前科者になってしまって。上手くいったのもいるけど。あれは今でも後悔してる。」
ヘンリーの話が終わらないうちにテーブルにメニューを滑らせたのは、笑顔のダニエル。
店主自らが注文を聞きに来たのは、レアなイベントだから。
「町の犯罪がなくなったのかと思った。」
微笑むダニエルに応えたのはハンクである。
「近いな。エラの一件は終わる。あと、シャビーがこの世から消えた。」
ダニエルにはグッド・ニュースとバッド・ニュースに聞こえたのか、笑顔は複雑さを帯びた。それでも、客に敬意を払うのは店主の役目である。
「でも、凄い。エラの事件の犯人が捕まったのかい?」
ロレンツォは、唇に人差し指を当てて微笑んだ。
「トップ・シークレットだ。」
これまでジョールのせいだと言い張ってきたハンクは黙らなかった。
「マディソンでほぼ決まりだ。あれは、何かやってる。俺の目に間違いない。」
目を細めたヘンリーが続いた。
「俺もモニターで見たけどね。残念だけど、あれはやってる。ただ、決め手は、連邦捜査官のジャッジだった。ハンクは、最後まで反対してた口だ。」
ロレンツォとナバイアが苦笑する中、ダニエルは、ハンクを見ながら、引きつる様に笑った。
「マディソンか。そうか。マディソンか…。」
視線の泳いだダニエルは、心の救いを求めて、言葉を続けた。
「でも、エラは?見つかった?」
皆の表情が曇ると、ヘンリーが答えを口にした。
「捜査中だけど、マディソンが情夫を殺したんなら、難しいところだね。」
理解に苦しんでいたダニエルは、間もなく何度か頷いた。何かを決めたのである。
「奢るよ。凄い。やっぱり連邦捜査官が来ると違う。全部、解決だ。」
ロレンツォとナバイアは微笑んだが、ハンクの顔は真剣である。
「お前、言ったからな。奢れよ。」
ハンクが吼えると、ダニエルは声を出して笑った。
「嘘はつかないよ。町に平和が戻ってきたんだ。きっと、売り上げも戻るし、記念日だよ。」
ハンクは、ただなら何でもいい訳ではない。
「アブシンスはなしだ。」
ロレンツォは微笑みを残したまま、眉間に皺を寄せた。
「何?聞いたことがない。」
答えるのはダニエル。
「うちのは度数八十超えだよ。あれだと安く上がる。」
皆の笑いの中、ハンクが注文を勝手に決めた。
「テキーラにしといてやる。アネホなら許す。」
笑うダニエルは、ハンクを指さすと、足早に厨房に向かった。

ハンクに注がれるまま、テキーラを何杯飲んだ時だったか。気分の良くなってきたロレンツォは、ぼんやりと頭に浮かんだビジョンを口にした。
「もしもだ。もしも、マディソンがクロノス事件の犯人だとしたらどうだ。」
ハンクの結論は早い。
「飲み過ぎだな。」
ロレンツォは顔を横に振った。
「FFCにいた奴らと被害にあったチッピーが揉めていたら、なくはないだろう。」
ナバイアも続く。
「シャビーを刺したんだ。落ち着いて見えるけど、キレると怖いのかもしれない。」
思わぬ同調に、ヘンリーが口を挟んだ。
「いや。マディソンは冷静だ。時々、思い切ったことをするとは思ったけど、クロノス事件みたいなことはしないと思う。」
ロレンツォは小さく笑った。
「思い切ったことって?」
ヘンリーは頷きながら答えた。
「マディソンは、何でも、急に冷めるところがあった。下らなくなるんだな。物を盗ったらいけないとしつこく教えられると、困ってもないのに、物を盗ってしまう様な。そっちだ。」
笑いながら尋ねたのはナバイア。
「友達の男とか?」
ヘンリーは、ナバイアに向かって頷いた。
「その通りだ。でも、そこまで。あっさりしたもんなんだ。」
ハンクは、低い声で話を変えた。
「とにかく、ジョールを探しゃあいいんだ。お前らが連邦捜査局の力をフルに使って、俺に情報をくれりゃあ、話は早いんだ。」
ロレンツォは鼻で笑った。彼は自分を知っているのである。
「当時も連邦捜査局は全力を尽くした筈だ。今だからどうと言うことはないさ。」
ハンクが顔を歪めたのは、理由があるから。
「捕まらなかっただけだ。偽証のせいでな。」
誰のことを言っているのかが分かり過ぎる。その男にこの地に呼ばれたロレンツォとナバイアが言葉を続けるのは難しい。
その夜初めての沈黙を打ち消したのは、原因をつくったハンク本人である。
「事実は事実だ。犯人はジョール。奴を見つけるんだ。」
酒を飲む場に相応しくない執拗さを感じたロレンツォは、ハンクを見据えた。
「見つけてどうする。証拠もないんだろう。」
ハンクは、空のショット・グラスを揺らしただけで黙り込んだ。言葉を続けたのはロレンツォ。
「殺すのか。」
「まさか。俺はお前じゃない。」
勿論、冗談である。ロレンツォが苦笑すると、ナバイアはハンクのグラスにテキーラを注いだ。
四人の前祝いは、やがてロレンツォとハンクの飲み比べに変わり、寝不足のロレンツォが数年ぶりに潰れると、静かに終わりを迎えた。
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