第51話 邪径(5)

文字数 1,467文字

二人の一般人を帰したロレンツォは、ナバイアと話を整理すると、スマートフォンを手にした。電話をかける先は、ハンクである。
頼みの綱は、ツー・コールで電話に出た。
「超能力でもあるのか。」
先に口を開いたのは、低い声のハンク。
意味の分からない第一声に、ロレンツォは苦笑した。
「理由を聞こう。」
ハンクの答えは早い。
「マディソンな。あれ、壊れたぞ。暫く病院だ。」
ロレンツォは小さく驚いた。別の意味でである。
「壊れたんなら、攻め時だろう。」
ハンクの声は笑っている。
「連邦捜査官は怖いな。この辺りだとそうはいかない。警察病院で治療してからだ。」
ロレンツォが沈黙をつくると、ハンクは笑いを抑えて言葉を続けた。
「これで、不倫相手と娘を殺した犯人は、暫く見つからない。」
ハンクは明らかに喜んでいるが、この間とはストーリーが全く違う。
本気なら確実な人格崩壊。マディソンを拘留した日に、一緒に打ち上げをした人間とは思えない。
しかし、ロレンツォは五秒で答えに行き着いた。
ハンクは、殺人犯の逮捕と町の評判を秤にかけたのである。
町を第一に思う例の男から、何かを吹き込まれた可能性も否定できない。
ロレンツォは、損しかしない会話を避けた。
「それなら、治療後に備えるまでだ。」
ハンクが鼻で笑うと、ロレンツォは本題を切り出した。
「可哀そうなミセスの新情報がある。大学にいた頃の彼女は、デビーという女性と同居していた。ガラの悪い、同郷の女性だそうだ。」
ハンクは、思い出す様に小さく笑った。
「知ってる。デボラ・キャボット。クロノス事件で死んだチッピーの一人だ。」
ロレンツォは、隣りのナバイアを見た。聞こえていないナバイアは、首を傾げるだけ。
電話の向こうのハンクは、言葉が溢れる様である。
「前に俺が調べた。すぐにマディソンの名前は挙がって、それからすぐに消えた。」
ロレンツォの頭を過ったのは、初めてベイリー家を訪ねた日の二人。
ハンクが揶揄ったものとばかり思ったが、ああも取り乱してクロノスの名を挙げたのには、理由があったのかもしれない。
気をとられるロレンツォの言葉は、自然と遅くなった。
「二人はどういう関係なんだ。」
ハンクの記憶は今も鮮明。
「デボラはFFCの頃の仲間だ。場所を変えても、商売だけは続けてたんだ。」
疲れるロレンツォだが、次の疑問が頭の中で待っている。
「デボラの仲間は、誰か町に残っていないのか。」
ハンクは溜息をついてから口を開いた。おそらく、擦り過ぎた線である。
「FFCの奴らは、マディソン以外は、全員、町を出た筈だ。ただ、デボラと一緒に他でチッピーをやってたのなら、アンヘリートの嫁さんのスーザンがいる。でも、あいつに聞いてどうする。あいつも調べたことがある。何もやらない。これ以上、あの家に絡むと、あいつら泣くぞ。」
ロレンツォは構わない。
「泣きたければ、泣いてもらうしかない。必要な事はやる。アンヘリートは店を持ってる。まだ、行ったことはない。疑われて客が来ないと言って、ずっと店を閉めてるのが怪しい。」
ハンクは言葉に詰まった。
「怪しいって…。」
ロレンツォは言葉を被せた。
「僕達がおさらいした限り、ミセスの人間関係は薄っぺらい。もしも、彼女の犯罪を庇う人間がいるなら、ジョナサン以外はFFCの関係者しかいない。」
名前が挙がれば、会いに行くだけ。ロレンツォの心には、一点の曇りもない。
助手席のナバイアは大きく頷いたが、ハンクの話は聞こえていないし、彼の仕草はハンクには見えない。ナバイアは、気持ちで生きているのである。
ロレンツォは、愛すべきバディに、静かに微笑んだ。
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