第22話 即妙(4)

文字数 1,687文字

SUVで中学校の近くまで来たロレンツォは、ディアス先生を電話で外に呼び出した。
予想外の快諾。五分後に一人で現れた先生は、ロレンツォに誘導され、流れる様にSUVに乗り込んだ。ナバイアへの挨拶も自分から。ヘンリーから聞いていたことではあるが、本当に一人だと話してくれそうである。
「他言はしません。ミセス・ベイリーのことです。最近、彼女に何か変わったことがなかったか聞かせてほしいんです。」
後部座席で隣り合うのは、今日もロレンツォ。彼が発した、ごく普通の質問に対し、ディアス先生は、肩を揺らして笑い出した。小さなモラル・ハザードの始まりである。
「彼女は、昔からずっと変わってますよ。」
ロレンツォは、助手席のナバイアと視線を交した。
「苦労人だったのでは?少し、この間とニュアンスが違う気がします。」
ロレンツォが質問を重ねると、ディアス先生は眉を上げた。明らかに話したそうである。
ロレンツォは、先生のイメージを守るために言葉を選んだ。
「ミスター・ベイリーとの結婚以外で、彼女が変わっていると思った理由を一つ教えてもらえませんか。」
これだけで、膨大な数の下品な答えを削った筈である。
ディアス先生は、教師の顔を取り戻して微笑んだ後、ロレンツォの問いに答えた。気持ちは伝わったのである。
「マディソンには、昔から異性絡みのトラブルが多かったですよ。」
ロレンツォとナバイアの表情が僅かに変わると、ディアス先生は言葉を急いだ。
「いや、直接揉めたのは男性じゃないです。怒るのは相手を奪われた同性の方。」
先生は、二人の顔を観察してから、次の言葉を発した。説明を相手に合わせるのは、教師の特技である。
「彼女は、ジョナサンの仕事と縁がなくはないんですよ。その手のことで最初に揉めたのは、高校の頃です。」
顎の上がったロレンツォは、一歩踏み込んだ。
「何となく分かりましたが、最近まで引きずる様なことがあったんですか。」
三秒考えたディアス先生は、二人に笑顔を見せた。
「あり過ぎますよ。」
それは、たまに聞く答えであるが、すべてを聞いて、皆と揉める趣味はない。ロレンツォの優秀な頭脳は、ベイリー家に絡む疫病神の顔を弾き出した。
「ベイリー家に、薬物中毒の学生が出入りしていますよね。御存じですか。」
頷いたディアス先生は、ロレンツォに笑顔で答えた。
「シャビー。」
ロレンツォは言葉を被せた。
「そうです。シャビー。彼は、ミセス・ベイリーの元教え子なんですよね。」
ディアス先生は、一瞬だけ躊躇いを見せた。展開の早さを感じたのである。捜査協力は法社会の正義だが、知人の裏切りは人間社会の悪でもある。但し、その迷いは一瞬だった。
「昔、二人は付き合ってましたよ。」
いつの話かは重要である。ロレンツォは、ナバイアと視線を合わせてから口を開いた。
「生物学的に難しいとは思いますが、念のためです。それは、エラが生まれる前ですか。それとも後ですか。」
マディソンによる虐待の線もある。ディアス先生は頷いた。言いたいことが分かるのである。
「後ですよ。数年前の話です。」
なくはない悲劇は去ったが、ロレンツォは確認を急いだ。
「教師と教え子の頃ですか。」
ディアス先生は、笑顔で答え続ける。
「大学を移ったのは、勉強が出来なかったというより、その噂が大きくなったからですよ。僕も耳にしましたし。」
助手席のナバイアは声を出さずに笑い、顔を横に振った。質問するのはロレンツォ。
「普通は大人が罰せられそうな気がしますね。停職とか。でも、彼女の場合は、シャビーが転校したんですね。」
ディアス先生は、窓の外を少しだけ見た。何かが後ろめたかったのかもしれない。
「ご両親が強く言ったみたいですよ。悪いのは自分の子供だって。」
犯罪史を少なからず知るロレンツォの眉間に皺が入った。
「それは、シャビーが彼女を暴行していたということですか。」
ディアス先生は、呆れる様に笑った。
「マディソンはそんな女じゃないですよ。今も家族ぐるみで付き合ってるでしょう。」
ディアス先生は、二人の顔を交互に見つめると、言葉を続けた。
「弱みを握ってたんじゃないかって噂です。勿論、マディソンが。」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み