第32話 必定(2)

文字数 1,985文字

見慣れたシルバー・メタリックのセダンが三人の横に止まり、窓が開いたのは、その数分後。
ハンクである。
ロレンツォは、町の守護神に笑顔を向けた。
「おはよう、ハンク。」
ナバイアも微笑むと、予想外の反応にハンクは笑った。
「シャビーは釈放したぞ。」
もう、そこに拘る気のないロレンツォは話題を変えた。気になることは他にある。
「君は、僕達を尾けてるのか。」
偶然の出会いが多すぎるのである。ハンクの苦笑は、もう見慣れている。
「町が狭いだけだ。」
ロレンツォとナバイアが笑顔で応えると、ハンクはアンヘリートを見てから口を開いた。声の向けられた先はロレンツォ。
「何してる。犯罪心理の勉強か。」
ロレンツォは、呆れるアンヘリートに微笑んでから、短く答えた。
「近い。君の方は?」
ハンクは、顔に皺をつくったが、生意気な連邦捜査官の質問を優先した。アンヘリートの件は終わりである。
「南の林に行く。自警団がエラの持ち物を見つけたらしい。来るか。」
ロレンツォとナバイアに、他の選択肢はない。

ハンクのセダンと、アンヘリートを乗せたロレンツォ達のSUVが到着した時、林には既に何台もの車が止まっていた。パトカーはヘンリーと鑑識、他は自警団である。
車を降りた四人が先を競う様に進むと、ルーズな服装の人だかりが視界に入った。おそらくは自警団。もう足跡を探すのは不可能である。
ヘンリーの姿を見つけたハンクは、声を張った。
「ヘンリー。捜査官に状況を教えてやってくれ。」
振返ったヘンリーは、その場で待たず、四人に向かって歩き始めた。すれ違う人との挨拶も欠かさないのが彼である。
間もなく、四人への朝の挨拶を済ませたヘンリーは、ハンクの指示に応えた。
「多分、エラのだ。ブラウス。見たことがあるし、あの日の服装と特徴が同じだ。」
頷いたロレンツォが歩き出すと、四人は、Uターンしたヘンリーと一緒に、人混みの中心にあるだろうブラウスを目指した。
鑑識や自警団の面々は、主役の登場に道を開ける。
当たり前の様に通り過ぎたロレンツォは、それらしい場所でしゃがみ、すぐに立ち上がった。
確かに布切れはあったが、イモリがのっていたのである。
「カリフォルニア・ニュートだ。傷でもなきゃ、大丈夫だ。」
声の主はジェームズ。頼れる彼は、手袋をつけて、完全防備である。
微笑んだロレンツォは、改めてブラウスを見た。一目で異様なのは、たたまれているということ。悪い予感が溢れ出したのは、ロレンツォだけではない。
「誰かたたみましたか。」
ロレンツォが笑顔で尋ねると、数人の失笑が漏れた。
その時、笑い声を追った流れで周囲を見渡したアンヘリートが口を開いた。
「他は?」
思ったより人数が少ない。止まっていた車の台数からすると、倍以上はいそうなものである。
反応したのはジェームズ。その場にいる自警団の面々の視線は、最初から彼に向いているので、期待に応えたというところ。
「もっと奥を探してる。」
ロレンツォは、アンヘリートを真似て、周囲を見ながら頷いた。
「状況が知りたいんですが、連絡はとれますか。」
必要な確認である。
大きく頷いたジェームズは、スマートフォンで何人かに連絡を入れた。
手際はいい。人数が膨れ上がった彼らは、班長を決めて、グループ行動をしているのである。
ナバイアの動きを気にするジェームズが、ここ数日で聞き飽きた無駄な答えを聞き流したのは五分ほど。
鑑識に呼ばれたハンクとヘンリーがその場を離れた頃、ジェームズは、リストの順のまま、ダニエルに連絡を入れた。ロレンツォとナバイアにとって、好感度の高い彼である。
「ダニエル。捜査官が来た。そっちで何か変わったことはないか。」
今までと同じ質問である。他の皆と違う所があるとすれば、ダニエルは会話に間を空けないこと。
「土の状態が変わった。ぬかるんでる。もしも、誰かがここを歩いてたら、足跡が残ってるかもしれない。」
顎を上げたジェームズは、手招きをすると、ロレンツォにスマートフォンを渡した。
他人の電話でも素早くスピーカー・モードにするのがロレンツォ。
「デイビーズです。何かありましたか。」
ダニエルは、同じことを聞かれたので、小さな笑い声を漏らした。
「久しぶり。特に何もないけど、この辺りの土がぬかるんでるんだ。ひょっとしたらだけど。足跡が見つかるかもしれないから、警官が調べた方がいいと思う。」
愛すべき提案に、ナバイアと顔を見合わせたロレンツォは微笑んだ。
「今からそちらに伺います。場所を教えてもらえませんか。」
ダニエルは、また笑った。困っている様でもある。
「ナバイアはやめた方がいいかもしれない。この間の連中が一緒にいる。」
この言い方なら、ハーレーの男達である。ロレンツォの視線を感じると、ナバイアは呆れた様に頷いた。答えは簡単である。
「分かりました。ナバイアは置いて、鑑識を何人か連れて行きます。行き方を教えて下さい。」
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