第39話 灼熱(3)

文字数 1,942文字

朝食を終えたロレンツォとナバイアは、一度だけ扉を眺めたことのあるシャビーのアパートメントを訪ねた。
長いドライブの末に見つけたのは、シルバー・メタリックのセダン。
ハンクである。
二人の予想に反して、車のドアが開いたのは、ハンクが待っていたということ。
「遅いぞ。」
別に約束はしていない。現場を荒らしたと思われたくないハンクは、ヘンリー達の到着を待っていただけ。とにかく、誰でもいいから、警官が一緒に入ればいいのである。
助手席から管理人も降りると、四人はシャビーの部屋を目指した。
壁が欠けた階段を上がり、薄暗い廊下を歩いていると、徐々に心が暗くなっていく。
他と変わらない古びた木の扉を管理人が開くと、シャビーの香りが四人を包んだ。
何か分からない香り。
ハンカチを取り出し、鼻と口を押えたロレンツォは、管理人を避けて、部屋に足を踏み入れた。ナバイアとハンクが続き、管理人は玄関で止まったまま。求められなければ、入りたくない。そんな部屋である。
引っ越してきた時に何も買わなかったのか、部屋の中にあったのはマットレスとブランケット、脱ぎ散らかした服に、段ボール箱一つ。箱の口は開いている。シャビーのバッグは、死んだ彼の近くにあったので押収済みである。
あとは、流しの周りにゴミの山。香りの源は、ゴミの臭いを消すための芳香剤である。
照明はなく、太い蠟燭が至る所に置かれている。ムードをつくりたかった様にも思えるが、他人の共感が得られる可能性は皆無である。
顔を歪めて口を開いたのはハンク。
「あいつの頭の中のままだな。」
微かに悲しい気持ちに浸っていたロレンツォとナバイアは、何か分からない香りがする空っぽのシャビーの頭の中を想像すると、小さく笑った。
三人が目指したのは段ボール箱。見るべき場所は、そこだけである。
しゃがんで、片手で段ボール箱を大きく開いたロレンツォは、眉間に皺を浮かべると、素早く手を離した。リタイアである。
手袋をしたナバイアは、ロレンツォの横に座ると、段ボール箱を開き、機械の様に中をあさった。
気持ち、息を止め、手を動かし続けたナバイアは、間もなく確かな成果を見つけた。
これは絶対。
ナバイアは、箱から顔を上げ、ロレンツォとハンクの前に宝物を晒した。
絵葉書である。
ベイリー家で見た絵柄。クロノス事件と同じ絵柄である。
立っていたハンクは、ナバイアから絵葉書を奪い取ると、葉書の表裏に目を通した。距離的に老眼。口を開いたのはナバイアである。
「何て、書いてあるんだ。」
明らかな非礼を許したナバイアに、ハンクは低い声を返した。
「“殺す”って書いてるな。お前、さっき見えたろう。」
ロレンツォが立ち上がると、微笑むナバイアも続いた。喋るのはロレンツォ。
「消印もあるな。シャビーは死んだから、フェイクの可能性はない。」
ナバイアも続く。
「送ったのは、シャビーじゃないな。」
ハンクは、二人の顔を面倒臭そうに見た。お決まりの主張が始まるのは確実である。
「クロノスだ。この字を覚えてる。ジョールがやったんだ。」
ロレンツォは、聞き耳を立てている管理人を見ながら答えた。それは猛烈なデマゴーグの予感のせい。
「確かに僕も筆跡は覚えてる。ベイリー家で見たものと似てる気がする。ただ、ジョールがシャビーを殺す理由は?女性をターゲットにしたシリアル・キラーが、なんで、ジャンキーに手を出す。」
ハンクの顔の皺が増える。
「前はチッピーで、今度はジャンキーだ。掃除好きなんだろ。じゃなきゃ、ハンターだ。」
ロレンツォが見つめ続けると、管理人は部屋を出た。口を開いたのはロレンツォである。
「考えるといい。この葉書を送る理由は何か。エラの時のパターンを守るなら、シャビーの両親に送る筈だ。死んだチッピーの家にも?」
「パターンなんか知るか。警官がうろつき始めたから、脅したんだろ。」
ハンクは即答したが、ロレンツォは更に言葉を被せた。
「君の好きなジョールは、顔を変えて、姿を消してる。何を知られたって、困らない。金はあるし、消えればいいんだから、殺しはしないだろう。別の誰かが、クロノスの振りをしたんだ。」
ナバイアが言葉を添えた。
「シャビーは、時期にずれはあっても、ベイリー母娘と付き合ってる。それに、死んだ場所は、ミセス・ベイリーが昔たむろしてたFFCだ。ベイリー家は、同じ絵柄の絵葉書を受け取ってる。」
ハンクの顔がますます渋みを増していく。ナバイアの言葉の意味が分かり過ぎるのである。
「それじゃあ、エラがあんまりだろう。」
頷くナバイアの横で、床に転がる汚れたマットレスを無意識に見たロレンツォは、不意にやり場のない切なさに襲われた。
エラが可愛そう。
犯罪がどうとかではない。何よりも、中学生の恋愛に、こんな部屋は登場してはいけないのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み