第62話 中道(2)

文字数 1,393文字

“無よりは、絶対にマシな筈だ。こんなに怖いんだから、その筈なんだ。”

五日後の朝。
バンを運転するナバイアは、ハンクを拾うと、アップルビー先生の元を訪ねた。
久しぶりの訪問の理由は、松葉杖のロレンツォのお迎えである。
待ちきれなかったのか、傷だらけのロレンツォは車椅子に座り、エントランスで待っていた。
ナバイアが鳴らしたクラクションに気付いたロレンツォが、二本の松葉杖を手に立上ると、ナバイアとハンクは声を揃えた。
「オーッ。」
奇跡的な回復である。
ステッチの丁寧に入ったフランネル生地の上着とスウェット生地のパンツ。
本人は決して望んでいないだろうが、左足にギブスがある以上、必然の格好である。
ニヤつく二人の顔をフロント・ガラス越しに見ながら、ロレンツォは一歩ずつバンに近付いた。座っていた車椅子は、丁度出てきた看護師の手へ。
ロレンツォは、時計仕掛けの様に体を半分回した。
「すいません。片付けておいて下さい。」
看護師と笑顔を交したロレンツォの背後で、後部座席のドアがゆっくりと開く。電動である。
ドアを少しだけ開き、声をかけたのはハンク。
「手伝うか。」
「いや、いい。ありがとう。」
顔を横に振ったロレンツォは、やはり笑顔でバンに乗り込んだ。
待っていたのは、振り返るナバイアの笑顔。二人とも、顔の腫れは引いたものの、まだ痣は残っている。二人の笑顔が大きくなったのは、多分、そのせいである。
先に口を開いたのはナバイア。
「お帰り。」
「どこに?」
歓迎に照れるロレンツォの答えは短い。
ドアを閉めると、ナバイアは静かにアクセルを踏んだ。
「もういいのか。」
振返ったハンクの問いかけに、ロレンツォは小さく笑った。
「いい訳ないだろう。」
ハンクと一緒にナバイアも笑うと、ロレンツォは言葉を続けた。
「現地に行って、窓の外は見る。基本的に僕は寝たままだ。それなら、入院と変わらないだろう。」
予め知っている話を聞き流すと、ナバイアは、ハンクのために口を開いた。
「もう、A州の病院もとってある。昼は張り込んで、夜は病院だ。」
微笑んだハンクは、静かにパワー・ウインドウを全開にした。湿布の臭いが、あまりにも強かったのである。

病院の前。
三人は、ただジョールの登場を待ち、バンの中で語り尽くした。
盗聴の内容を揶揄うだけでは、時間は進まない。
好きな野球チームに野球選手、それに今年の順位予想。
好きな食べ物、好きな酒、好きな映画に好きな音楽。
家族旅行の行先に、付き合った女の数。
押収した金を盗った経験に、犯人を余計に殴った経験。
歩いてくる女の点数に、歩いてくる男の倒し方。
暇な時間の潰し方、人生最後の飯に、終わらないTVドラマのラストの予想。
ドラッグの経験に、狙っている押収品の車。
時々、話がハードになるのは、ハンクのせいである。

三人だけの時間は、ゆっくりと過ぎていった。
外部からの情報は電話だけである。
ヘンリーからの電話によると、マディソンは警察病院への保護入院が決まった。
ハンクの予想では半永久。ジョールは刑務所に入れたがっていたが、ハンクに言わせれば、もっと酷いらしい。
あと、パオラからロレンツォへの電話が、昼間にもかかってくる様になった。
これも、ハンクの予想では半永久。人生の先輩を気取る彼によると意味は二通りらしいが、ハンクよりは確実に女に詳しいロレンツォは、ただ眉を上げた。
車の外の世界は、静かにだが、確実に動いているのである。
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