第10話 戯論(4)

文字数 1,693文字

やがて、林の中で人影を見つけ、ジェームズの六番目の弟のジョンと会えた三人は、軽い挨拶を済ますと、百人が何も見つけていないという事実だけを共有して、その地を後にした。正直を言うと、あの林で人の痕跡を見つけ出すのは不可能である。人を殺しても、絶対に見つからないと思える広さ。だから、事件が起きるのである。
ハンクとも別れたロレンツォとナバイアは、ダニエルのダブルCを目指した。
店に着いたのは、沈みかけの太陽がブルーを見せ始めた頃。夜はこれからである。
ブラックを基調とした店舗は、まだ陽の残る夕暮れの町には似合わない。表にハーレーが並ぶのもヘビーである。
窓ガラスにスプレーで書かれたデコレーションは、店内の様子を隠すほどではない。
ロレンツォとナバイアは、間もなく、客に混じるダニエルの姿を見つけた。笑顔の彼は、踊る様に働いている。一つの理想である。
エントランスの扉を開けたロレンツォは、ダニエルと視線が合うと声を上げた。
「ミスター・ジャクソン。」
名前を呼ばれたダニエルは、爽やかに微笑むと、二人をカウンターに手招きした。年が近いせいもあるが、相変わらずの好印象である。
カウンターに入ったダニエルが、取敢えずグラスにビールを注ぎ、座ったばかりのロレンツォの前に置くと、ロレンツォはグラスを隣りのナバイアの方に滑らせた。
「僕は運転するので結構です。」
眉を上げたダニエルは、迷わず、ロレンツォのために炭酸水を入れたが、待っていたのは愛想笑いだけ。対照的に、満面の笑みのナバイアがビールに口をつけると、ダニエルはロレンツォに顔を近付けた。ターゲットは、ロレンツォである。
「もう少し暗くなると、照明の雰囲気も変えるんだ。」
ダニエルが差した指先だけは目で追ってみる程度。どちらでもいい話を聞き流し、ロレンツォは早々に話題を変えた。
「いい店ですね。ミスター・ベイリーはこの店の?」
ダニエルには、ロレンツォのスタンスは勤勉と映った様である。笑顔は消えない。
「ああ。常連だよ。エラも来てた。」
ロレンツォは、不快な響きに眉を潜めた。
「子供がバーに?」
ナバイアがもう一度グラスを傾けるのを見ると、ダニエルは口を開いた。
「よくね。あそこのデューク・ボックスで、音楽をかけて踊ってたよ。」
ロレンツォとナバイアは、やはりダニエルの指さす先を見た。
店の隅の照明に照らされる一角に、どこにでもあるデューク・ボックスが置かれている。
「エラはヴェルヴェット・アンダー・グラウンドが好きだったよ。家にCDがあるって。よくカバーされてた曲。腰を落として踊るんだ。」
そんな情報を必要としないロレンツォは、関心がないことを教えるために、デューク・ボックスを見つめ続けたが、ダニエルの言葉は途切れなかった。おそらく、彼とナバイアの視線は合っている。
「ダンスは、大人みたいに上手かったよ。」
やっと振返ったロレンツォが見たのは、エラの真似らしき少し下品なダンス。ロレンツォは、眉を潜めたまま、取敢えず話を進めた。
「エラは、誰か悪い奴にからまれたりしていませんでしたか。」
首を傾げたダニエルは、すました顔で答えた。
「ジョナサンかな。」
分かり易い冗談に二人が笑うと、ダニエルは言葉を続けた。
「あと、マディソン。」
三人は声を出して笑ったが、ダニエルは決して質の悪い男ではない。
「すまない。今のは冗談だ。もう常連が来てる。あいつらと話が出来ないかと思って呼んだんだよ。」
改めてダニエルが指さした先のテーブルには、大柄の中年のコケージャンが八人座っていた。大型の雑食動物。身なりで判断する限り、ハーレーの持ち主は彼らである。
面倒を感じたロレンツォは、目の前の好青年に、一応の確認をした。
「あなたは何か知らないんですか。」
ダニエルは爽やかに笑った。
「言ってしまうとさ。あいつらも怪しいと言えば怪しいんだ。でも、他は?切りがないよ。カウンターにいたら、テーブルで何を話してるかまでは分からないし。想像で、客の名前は挙げたくない。」
自然な答えに納得したロレンツォは、ダニエルに軽く手を挙げると席を立った。
向かう先はテーブル席の八人。勿論、ナバイアも一緒である。
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