第70話 何でさっさと言わないんだよ!?

文字数 1,205文字

 ナイジェルのことはソニアの言葉を通じてしか知らない。ソニアは彼についてどう言っていただろう。そうだ。葬儀に出かけた時、ソニアは何を言っていた……?
 天啓のように、とある言葉が閃いた。思考を読み、〈管理者〉が呟いた。
『ナイジェルは乗り物酔いだと、あの娘は言っていたな』
「だったらナシュリだ。彼はどんな高性能の乗り物でも必ず酔うから、高速飛空挺はおろか、自走車も馬車も嫌ってた。それでほとんど領地にひきこもってたんだ」
 そう呟きながらもギヴェオンは入力を途中で止めた。
『どうした? 早くしないと手遅れになる』
「……いや、違う。ソニアによればナイジェルはこうも言ってた。『せめて人の身で享受できる速度くらい、存分に楽しみたかったのに』。――速度だ。乗り物嫌いのナシュリだったらそんなこと絶対言わない。神に成り代わってもベースになった人間の弱点が残ってしまったんだ。ナシュリが乗り物酔いをするようになったきっかけは速度狂の兄貴の無茶苦茶な曲芸飛行に無理やり付き合わされたせいだと聞いた」
 ヴァシュティの名を入力し、確定キーに指先を載せる。
『間違えれば、残り時間は九十秒を切るぞ』
「そうなったら回路を強制遮断して聖廟へ跳ぶ。俺の封印を三つ解除すれば最大出力の照射でも六十秒以上アステルリーズ全体を防御できる」
『後でやり直すのが面倒だが、やむを得まい』
 ギヴェオンは思い切って入力を確定した。すべての制御盤が青く変わり、一定間隔で点滅した。ホッとしたのもつかのま、耳障りな警告音が鳴って今度は盤面が赤く変わる。
『パスワードを制限時間内にもう一度入力しなかったので不正干渉と見做された』
「何でそれさっさと言わないんだよ!?
『隠し機能だ。今わかった。残り時間、七十秒』
 憮然とした声が答える。
「もういい、跳ぶぞ!」
『待て。今度は上書きが可能だ。まだ間に合う』
「第二の封印を解除して書き込み速度を上げろ!」
 答えもなく脳髄がスパークする。独特の瞳が輝きを増し、ギヴェオンは制御卓の端を掴んで衝撃に耐えた。
『上書き完了。電磁パルス照射コマンド撤回。エネルギー逆流――負荷が発生した。回収しきれない。減圧のため余剰エネルギーを放出する』
「おい! 勝手にやるなっ」
『ではどうする? 放置すれば地下第一層が吹き飛び、中央区から東区にかけて半径五キリアの地面が一斉に陥没する。死傷者が多数出るぞ』
「エネルギーを相殺するには?」
『二つの最小フィールドを構成する六つの放出口をコンマ一秒の狂いもなく同時操作すれば互いに干渉し合って消滅する』
「放出口は八つだ。――東西の城壁塔を閉鎖しろ」
『城壁の管理は別系統だ。残念ながら手が足りないな』
「くそっ、ユージーンを残しとくべきだったか」
「――わたしではだめ?」
 固くこわばった声に振り向くと、ソニアが青ざめた顔を緊張させて立っていた。
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