第57話 これだからあいつらは嫌いなんだッ

文字数 1,443文字

 大司教は絶句し、限界まで目を見開いてわなわなふるえながら通知状を凝視した。
「すでに破門されている異端過激派の〈月光騎士団〉とよしみを通じた咎により、あなたも破門に処すそうです。ちなみに、聖廟襲撃計画の加担者は全員捕縛済みですので」
 冷然と告げると、茫然自失していた大司教はにわかに逆上して破門通知に掴みかかった。兵士たちに押さえ込まれ、大司教はルーサー元皇子同様に連行されていった。
 キースは証拠品の差し押さえを部下たちに命じ、玄関へ向かった。激しくわめきたてる声が聞こえてくる。拘束された大司教が、ややデザインの異なる法衣姿の男を口汚く罵っていた。馬耳東風とばかりに涼しい顔で聞き流していた男は、キースに気付くと大司教には目もくれず媚びを含んだ微笑を浮かべた。好かない顔だと改めて思ったが、スムースに逮捕状が発行されたのもこの男の協力があったゆえだ。
 男は大司教の補佐として派遣された司教だった。テロリストの潜伏先を暴いたユージーンが姿を消してまもなく、この司教がやってきて大司教と〈月光騎士団〉、エストウィック卿ことルーサー元皇子の繋がりを暴露したのである。用意のいいことに大司教の破門状まで持参していた。タイミングがよすぎる気はしたが、ユージーンたちが教会とつるんでいるとも思えない。司教は前々から大司教を蹴落とそうと機会を窺っていたのだ。
「おかげでテロを未然に防ぐことができました。感謝します」
「いえいえ。こちらこそ、仮にも大司教位にあった方に大罪を犯させずにすみました。創造主教会は決して聖神殿を敵視してなどおりません。ごく一部の不心得者が、創造主の御心をはき違えているのです」
 司教は丁寧に礼をして去った。馬車を見送っていると、部下の兵士が走り寄って来る。
「少佐! 屋敷中を捜索しましたが、オージアスの姿はありません」
「そうか。――地下室は調べたか?」
「はい。少佐の睨んだとおり、地下都市への通路が設けられていました。捜索しようとしたところ、いきなり天井が崩れてきて」
「何だと!? 負傷者は」
「踏み込む直前だったので、全員無事です。ただ、完全に塞がれてしまいまして……」
「……やむを得ん。とりあえず証拠になりそうなものはすべて押収しろ」
 敬礼して兵士が去る。キースは口惜しげに舌打ちした。
「また逃げられちゃったみたいだねー」
 背後から悠然とした声が聞こえてきた。振り向けば、またもや軍服を着込んだユージーンが何食わぬ顔で立っている。キースはげんなりとユージーンを睨んだ。
「あんたが逃がしたんじゃあるまいな」
「まさかぁ。ま、たぶん逃げられるだろうなぁとは思ってたけどねー。いいじゃん別に。聖廟襲撃は未然に防げたわけだし」
「主犯を捕えてないのに安心できるか」
「オージアスだって身体は一個しかないんだからそうあちこち仕切ってはいられないよ」
「ソニア嬢は無事なんだろうな」
「奴らにとってソニア様は文字どおり最後の切り札だ。何としても生かしておくさ。それより、テロリストを逮捕したからって気を抜かないようにね。〈月光騎士団〉とは無関係のお馬鹿さんたちが騒ぎ出さないとも限らない」
 のほほんとした口調にイラッとしたキースが「わかってる!」と怒鳴ろうとした時、すでにユージーンの姿はどこにもなかった。キースは腹立ち紛れに地面を蹴った。
「これだからあいつらは嫌いなんだッ」
 毒づいたキースは軍服の裾をひるがえし、憤然と屋敷へ引き返した。
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