第25話 我々には色々と手段もございますから。

文字数 2,008文字

「は、はい。どうしたらいいかと悩んでいるうちに、ふとこちらを思い出しまして。使用人仲間の噂話で聞いたことがあったんです。登録が難しい上流向けの斡旋所で、わけのわからない出来事の相談にも乗ってくれると。旦那様の異変は単なる病気とは思えません。何だかとても妙なんです。オージアスも普通の人間とは思えないし。奴と話していると頭が急にぼうっとしてきたり記憶が飛んだりするんです。奴も錬魔士(パラケミスト)なんでしょうか」
 アビゲイルが重々しく頷いた。
「可能性はある」
「才能と実力があっても免許を取らない人ってけっこういるからね~。下手に免許なんて持ってると色々とうるさいし」
 対照的な軽い口調でユージーンが口を挟む。ソニアはそろりと斡旋所の顔ぶれを見回した。彼らもそういう理由であえて無免許のままなのだろうか。
錬魔士(パラケミスト)の正式免許を持っていれば研究所や軍で高給取りになれるそうだけど……)
 民間で独立開業している錬魔士(パラケミスト)は大儲けしているとも聞く。
 もっとも大部分の錬魔士(パラケミスト)は研究者なので、一般客からの依頼のみで生計をたてているような輩は蔑視されがちだ。
 ソニアの家庭教師アイザックも国家資格を持った錬魔士(パラケミスト)だが、よほど親しい間柄かその紹介でもないかぎり相談は受けないと言っていた。
「さて。我々ブラウニーズの立場とエリックの事情についてはわかっていただけましたでしょうか? ソニア様」
「は、はい。大体は」
「結構です。では続きはわたしから説明いたしましょう。エリックの相談を受けて調査した結果、ヒューバート卿が〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉を名乗る結社に加入したことが確認できました。この結社は元々学生の道楽クラブだったのが、次第に変質したものです。〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉の主催者であるエストウィック卿とお会いになったことはありますか?」
「わたしが紹介されたのは偽者でした。いつ入れ代わったのかわかりませんけど……。結社のメンバーも偽者と知って驚いていたし。彼は何を企んでいるのかしら」
「あなたはご存じのはずですよ。お兄様から無茶なことを強要されたでしょう?」
 ソニアは絶句した。何故それを知っている? そのことはまだ誰にも話していないのに。アビゲイルは感情の読めない青い瞳でソニアを見つめ、口許だけで笑った。
「我々には色々と手段もございますから」
 ハッとソニアは壁際に控えたギヴェオンを見た。ほんの少し居心地悪そうに動いた表情で、疑惑が確信に変わる。
「……何をしたの」
「お嬢様の耳飾りに錬魔術で少々細工を。ご無礼ながら城の内部で交わされた会話をすべて聞かせていただきました」
 ソニアは盗み聞きされた怒りと羞恥とで真っ赤になった。
「よくもそんなこと……ッ」
「申し訳ございません」
 深々と彼は頭を垂れた。拳をふるわせるソニアをなだめるようにユージーンが言う。
「気持ちはわかるけど、特務に連行されるのを防げたと思って許してもらえないかな」
「……二度と無断でしないでよ」
 ソニアは眉を怒らせたままそっぽを向いた。
「大体の経緯はわかったわ。お兄様は〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉に加入しておかしくなった。結社は王家に対する反逆を企んでる。首謀者はエストウィック卿ってわけね。でもどうして外国の亡命貴族がアスフォリア王家を狙うの? それに──、お父様は誰に殺されたの」
「わ、私じゃありません」
 黙り込んでいたエリックが裏返った声で叫んだ。
「だってあなた、血相変えてお父様の書斎から飛び出してきたそうじゃないの」
「確かにお屋敷には伺いました。前もって公爵様に手紙を差し上げたんです。ヒューバート様のことでお話したいと。日時を指定されて訪ねると、すぐに書斎に案内されました。ところが書斎に入ったらあいつが……、オージアスが立っていて──」
「オージアスが!?
「は、はい。執事はドアの陰にいて気付かなかったようです。私が突っ立っている間にドアは閉まりました。金縛りにみたいになって、動くどころか声も出せなかったんです。オージアスの足元に公爵様が倒れているのが見えました。目をカッと見開いて、すでに亡くなられていることは一目でわかりました。オージアスはその手に銃を持っていて、身動きできない私に歩み寄り、銃を握らせて囁きました。突然解雇された文句をつけに来た私が逆上して公爵様を撃ち殺し、我に返って発作的に自殺した。そういう筋書きだと……。こめかみに銃口を押しつけられ、それでも声が出せなくて。もうダメだと覚悟した瞬間、ノックの音で金縛りが解けました。こないだの郵便屋みたいに──。きっと女神様のご加護です! 私はすっかりパニックになって部屋を飛び出して。誰かにぶつかったようですが、よく覚えていません」
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