第58話 迎えに行ってやるか

文字数 1,576文字

 ユージーンが所長室のドアを開けるなり、フィオナが血相を変えて掴みかかってきた。
「ソニア様は!? お嬢様はどこですかっ」
「まぁまぁ落ち着いて、フィオナ。そんなに目尻をつり上げては可愛い顔が台無しだよ~。そんなとこまで所長を見習わなくていいからさ」
「あら。目尻をしょっちゅうつり上げてると、顔がたるまずに済んでいいのよ」
 不気味に静かな口調でアビゲイルが微笑む。ユージーンはたらりと冷汗を流した。
「えぇっと……。あ、そうそう。エストウィック卿ことルーサー元皇子は無事特務に逮捕されたよ。テロリストも一斉検挙されたし、とりあえず地上の騒乱は避けられたかな」
「では、あとは地下の騒ぎにケリをつけるだけね」
「地下? ソニア様は地下にいらっしゃるんですか!」
 ぐいぐいとフィオナに襟首を締め上げられ、ユージーンはぐえっと呻いた。
「た、たぶんね。大司教があっさり捕まってはっきりしたけど、〈月光騎士団〉を率いているのはやっぱりオージアスだ。ひょっとしたら大司教が元締めかなーって思ってたけど、その線は消えたな。気の毒に、ルーサー元皇子ともども単なる捨て駒だ。オージアスは何事も使い捨て主義らしいね。ルーサーの復活劇も特務に対する煙幕に過ぎない」
「地下第二層への出入口は?」
「残念ながら入り口のトラップに特務が見事に引っかかってくれてさ。埋まっちゃった」
「じゃあどうするんですか、どうやって助けに行くんですかっ」
「ギヴェオンに任せておけばいいって。ソニア様を囮に他の出入口から侵入して、ケリつけて帰ってくるから」
「信用できません! 大体肝心要のソニア様を囮にするなんて、意味わかりませんよっ」
 裏計画を知らなかったフィオナはすっかり憤激してユージーンを乱暴に揺さぶった。
「いやぁ、奴なりに考えあってのことで……」
「今すぐ助けに行かなきゃ。ギヴェオンさんがいくら強くたってひとりじゃ無理です!」
 フィオナはギヴェオンやユージーンがかつてこの世界を支配した神々であることを知らない。まさか自分が〈神〉の襟首掴んで揺さぶっているとは思いもしないだろう。アビゲイルは面白そうに眺めているだけで仲裁に入ろうともしなかった。
「いや、あいつは馬鹿みたいに強いから大丈夫だって。それに、下手に邪魔するとすっごく怒られるんだよね~。あいつ怒るとそりゃもう物凄いのよ? ねー、所長」
 アビゲイルは澄ました顔で目を逸らしたが、口許が引き攣るのは隠しきれなかった。
「でも地下にいるんでしょ? 敵をやっつけたって、迷って出て来られないかもしれない。ギヴェオンさんは地下にいると途轍もない方向音痴だって、ユージーンさん言ってたじゃないですか!」
 ぽん、とユージーンは手を打った。
「確かに! ギヴェオンは地下だと右も左もわからない重度の方向音痴だ」
「右と左の区別くらいつくでしょう。それを言うなら西と東」
 アビゲイルが細かく突っ込む。
「とにかく、ギヴェオンさんに任せておいたら地下をさまよった挙げ句どこに出るかわかったもんじゃありません。こないだだって特務隊の本部に出ちゃったじゃないですか。もしも錬魔術研究所なんかに出たりしたら、どうなるかわかりませんよっ」
「それもそうだなぁ。しょーがない、迎えに行ってやるか」
「わたしも行きます!」
「いや、きみはここで所長と一緒に待ってて」
「彼女も連れていった方がいいんじゃないかしら?」
 アビゲイルに意味ありげな視線を向けられ、ユージーンは思い出したように頷いた。
「わざわざ遠回りすることもないか。――じゃ、行こう。僕の側を絶対離れないでね」
 はいっと勢い込んでフィオナは頷く。念のため聖廟を見張るというアビゲイルと別れ、ユージーンとフィオナはブラウニーズの地下室から闇の中へ踏み出した。
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