第43話 人に消せるもんじゃない。

文字数 1,389文字

「不敬を申し上げるつもりはございません。王家は確かに女神の子孫。でも、直系というのが〈神の力〉を受け継ぐ者という意味ならば、王家の方々はそうではありませんから」
 キースは、あっと息をのんだ。
「そうか……! 〈神の力〉は女系でしか伝わらない」
「はい。女神の息子は〈神の力〉を受け継いでも、それを次代に伝えることはなかった。現在の王家は二代目の王、女神の長男の家系です。女神と血縁はあっても〈力〉を受け継いではいません」
 キースが口を開きかけた時、ドンと腹に響くような爆発音が聞こえた。神官は目を丸くしてそわそわと周囲を見回した。それまでの神秘的な雰囲気は拭ったように消えている。
「な、何でしょう、一体」
 聖廟から出ないよう言い置き、キースは外へ飛び出した。軍区へ駆け戻ると、北側から炎が上がっているのが見えた。軍の建物ではない。隣接する遺跡管理庁の中央研究所だ。窓から炎が噴き出しているのが見え、駆け寄ってきた部下にキースは語気鋭く尋ねた。
「何があった」
「研究所でいきなり爆発が起きまして……。宮城守備隊が消火活動を始めました」
「爆発は他でも起きているのか」
「いえ、研究所だけで、今のところ一回きりです」
 キースは頷き、念のため不審物がないか周辺一帯を捜索するよう命じた。
 司令室へ戻ろうと向き直り、キースは凍りついた。いつのまにかそこには闇が凝ったような人影が佇んでいた。
 両腕に紺色のドレスを着た少女を抱えている。夜風にふわりと裾が揺れた。ソニアは意識がないらしく、ぐったりと男の胸に凭れていた。
「ギヴェオン・シンフィールド……、どうしてここに。窓から出たのか」
 医務室には鍵をかけ、見張りの兵を張りつかせておいたのに。
「ちゃんとドアから出てきましたよ。見張りの人には少々眠ってもらいました」
 こともなげにギヴェオンは微笑んだ。愛想のいい笑顔なのに、背筋が凍りそうな圧迫感に気押される。眼鏡の奥からこちらを見つめる瞳は、まったく笑っていない。それだけで氷水を浴びせられたかのようにぞっとした。
「……あの爆発はあんたの仕業か」
「勝手にひとの血を抜くからですよ。私は一滴たりとも自分の血をサンプル提供するつもりはありません。ついでにお嬢様の分も破棄させていただきました。ヒューバート卿の遺体は返してもらいます。では失礼、案内は不要ですので」
 人をくった台詞を慇懃な口調で述べ、ギヴェオンはキースの傍らを悠然と通りすぎた。
「──ああ、そうだ。あなたもね、気をつけたほうがいいですよ。正体バレると色々とまずいんじゃないですか。昔のような敬意は払ってもらえそうにない。時代は変わった」
「そんなものを求めてここにいるわけじゃない」
 くす、とギヴェオンは吐息で笑った。
「ええ、私もです」
 夜の闇に黒衣の後ろ姿が溶けてゆく。無言で見送っていたキースは、ふと振り向いて未だ燃え続けている研究所の一角を眺めた。
 炎は広がってはいないが、消し止められてもいない。夜風に乗って悲鳴じみた怒鳴り声が聞こえてくる。研究所の錬魔士(パラケミスト)が炎を消そうとしてできずにいるようだ。さぞかしパニックに陥っていることだろう。
「……無駄だな。あれは人に消せるもんじゃない」
 呟いたキースの瞳が遠い炎を受け、ほんの一瞬だけ蛋白石(オパール)色に輝いた。
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