第44話 アビちゃんから聞くのが一番わかりやすいと思うよ。

文字数 2,042文字

 目覚めたソニアに最初に見えたのはフィオナの顔だった。夢を見ているのかと思ったが、抱きしめられてようやく現実感が沸いた。
 特務隊に捕らわれていたはずが、いつのまにかブラウニーズに戻ってきていた。ギヴェオンが言うには『誤解が解けたので早々に解放してもらった』とのことだが、医務室でうとうとしたかと思った次の瞬間にはブラウニーズの客間で目覚めたので、時間の経過や物事の経緯がいまいちぴんと来ない。
 ギヴェオンが道に迷ってこともあろうに特務隊本部の地下室に出てしまった一件を聞くと、ユージーンは笑い転げた。
「こいつ昔っからそうなんだよ! 地下に潜ると途端に方向感覚がめためたになってさぁ。地上なら真っ暗闇でも迷わないのに何故か地面の下は苦手なんだなぁ」
 アビゲイルの計らいで、心配していた顧問弁護士とも連絡が取れ、屋敷の修復や父の葬儀の打ち合わせをした。
 ヒューバートの亡骸はどういう手段を使ったのか、ブラウニーズに運ばれていた。葬儀屋が綺麗に整えてくれたおかげで、柩に入れられたヒューバートはまるで眠っているかのようだった。父と兄の葬儀は千年祭が終わってから執り行うこととし、遺体には防腐術を施した。
 グィネル公爵はテロリストに射殺され、ヒューバートは事故でアラス城の堀に落ちて水死、と王宮には報告し、受理された。公爵殺害犯として指名手配中のオージアスは行方が知れず、あの奇矯な暗殺者ジャムジェムも廃神殿以来なりをひそめている。
 フィオナの話からすると、オージアスのアジトは地下遺跡のどこかにあるらしいのだが、移動する際フィオナは目隠しをされていた。ブラウニーズの面々はそれぞれに手がかりを追っているものの難航中だ。
 聖骸公開が間近に迫り、ますます帝都が混み合ってきているのも不利だった。警備に動員される兵士が一気に増え、迂闊に動けない。
 ブラウニーズの裏家業──危険な〈神遺物〉の破壊――は非合法な活動だ。〈神遺物〉は極めて貴重なものであり、保存・研究・活用すべきであって、破壊などもってのほか、というのが遺跡管理庁の姿勢である。
 故意だろうと事故だろうと遺跡及び〈神遺物〉の破壊は厳重に処罰される。今のところブラウニーズの〈神遺物〉破壊活動は組織として認識されてはいない。
 目をつけられると厄介だから慎重になるしかないとわかっていてもソニアは歯がゆくてならなかった。父と兄を殺され、憧れの人まで巻き添えで命を落としたのだ。何としてもこの手で仇を取りたい。
 そんなある日、ソニアはアビゲイルに呼ばれて所長室へ行った。先客が何気に振り向く。
「ハイランデル少佐……!? どうしてあなたがここに」
「先日はどうも……」
 私服姿のキースがぎこちなく会釈すると、ユージーンがいきなりばしんと背中を叩いた。
「固いなぁ。もっと砕けろよ、親戚だろ」
「遠すぎますって」
 無礼な仕種に怒りもせず、キースは困惑したように顔をしかめる。無表情にふたりを眺めていたアビゲイルは眉間に皺を寄せて嘆息した。
「なるほど、そういうことでしたか。ユージーンが軍人と喋っていたというから誰かと思えば、まさかあなたとはね」
「え……? お知り合いなんですか!?
「そ。とっても古ーいお知り合い。な?」
 ユージーンがにっこりする。キースは何だかすごくイヤそうな顔をした。ソニアはますます混乱した。
「で、でも。だったらどうしてギヴェオンを捕まえたりしたの」
「そりゃ仕方ない。キースはギヴェオンと会ったことがなくて、顔を知らなかった」
「色々と話は聞いてましたけどね」
 どことなく含みのある視線を向けられても、ギヴェオンはそしらぬ顔で受け流した。ソニアが同席している時、彼は決して使用人としての姿勢を崩さない。
「……あの、親戚って何のことですか」
「文字どおりの意味さ。このキースくんはねぇ、ソニア様の遠い遠ーい親戚なの。彼はソニア様の母方の祖先のお兄さんなんだよ。わかった?」
 全然わからない。ソニアの不審そうな顔に、アビゲイルが溜息をついた。
「わたしたちは彼女に何の説明もしていないのですよ。わからなくて当然です」
「え、そうだっけ。ギヴェオン。おまえから説明したよな?」
「してない。可能な限り、それは伏せておくはずだったのでは」
 平淡な彼の声には微妙な怒りが含まれていた。ユージーンの顔に焦りが生まれる。
「あ、あれ? 俺、もしかして口滑らせちゃった?」
 いや困ったなぁ~と空笑いするユージーンを、アビゲイルとギヴェオンが冷めた目で睨む。しかめ面でこめかみを揉み、アビゲイルは諦めたように切り出した。
「わたしから説明しましょう。こうなったらソニア様にもしっかり事情を把握してもらったほうがいいと思います。何といっても当事者ですから」
「そーね。アビちゃんから聞くのが一番わかりやすいと思うよー」
(アビちゃん……!? ユージーンさんって、所長の秘書じゃないの!?
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