第60話 電気はご存じで?

文字数 1,520文字

「ちょっとした手違いなんですよ。ヒューバート卿はいつまでも自我を失わず、何度も追加で薬を打たなければならなかった。お蔭で在庫がほとんど尽きてしまった。ソニア嬢、あなたに薬は投与しません。やってもらいたいのは最後の仕上げだけだ。それが済めば速やかに兄上の元へ送ってさしあげます。そして女神の血筋は地上から完全に消える」
「聖廟の襲撃計画はポシャったみたいだけど? アスフォリア本人の身体が残ってたら何にもならないじゃん。あの女神サマ、実際は眠ってるだけなんだろ?」
 用心深くオージアスを窺いながらジャムジェムが皮肉る。
「最初から失敗を見込んだ余興にすぎん。うまくいけば儲けもの、失敗しても安堵した軍が気をゆるめれば充分だ。どちらにせよ、アステルリーズはこの世から消滅する定め」
「それ、どういう意味……!?
「アステルリーズは本来地下都市、いや地下要塞だったのですよ。神代、ここはアスフォリア女神に与する神々の拠点だった。何層にもわたる地下都市には神々だけでなく、何万人もの人々が暮らしていた。地上にある今の町とまったく同じようにね。女神という名の皇帝がいて、それを支える位の高い神々が御前会議を形成し、さらに下位の神々が戦士貴族として周りを固め、人間は一般市民。そんな感じですか。当時の人々は今よりずっと快適な生活を送っていましたが。それを支えていたのが電気です。電気はご存じで?」
「し、知ってるわよ! 電灯のことでしょ!?
「そう。闇を払う光。風が吹いても雨が降っても消えない灯。それがあるのはごく限られた大都市だけです。それ以外の場所に灯はない。何故だと思います?」
「何故って──」
 考えたこともなかった。アステルリーズに電灯があるのは当たり前で、地方の領地ではガス灯やランプを使うのも当たり前。そういうものだと思っていた。
「神々の要塞都市には、当然ながらそれを支えるエネルギーの供給源があります。〈永久機関〉と呼ばれる、無限のエネルギー供給源が。それはアステルリーズの地下深くにもあり、我々が日常的に使っている電灯はエネルギー供給路の末端なのですよ。〈永久機関〉の出力は、すべての都市で最低レベルに固定されたまま封印されています。せいぜい電灯として使うのがやっと。さて、封印したのは誰か? もちろん神々です。各要塞都市の最高責任者だった神が自ら封印した。アステルリーズの〈永久機関〉を封印したのは当然アスフォリア女神です。その封印を解けるのは女神以外には女神の〈神の力〉を受け継ぐ直系子孫だけ。ソニア嬢、あなたは封印を解ける唯一の人間というわけですよ」
 ソニアは言葉を失い、オージアスを凝視した。
「……封印を解いて、どうするつもりなの」
「余計なものを焼き払います。つまり、地上の都市を一掃する」
「大掃除ってわけさ!」
 ソニアの背後から顔を出したジャムジェムが愉しそうに叫んだ。
「まずは聖廟に〈神の雷霆〉を撃ち込みます。いくら神でも直撃には耐えられない。ましてや女神は眠っており、聖廟も柩も後世になって作られたもの。防御力は無に等しい」
「木っ端みじんさぁ」
 ジャムジェムは調子外れなけたたましい笑い声を上げた。
「そしてアステルリーズは劫火に包まれる。城門はこちらの操作で閉めます。誰も、どこへも逃げられない。もちろん王家とて例外ではありません。神の因子を継いでいなくても、アスフォリアの子孫には違いない。彼らにも残らず死んでもらわねば」
「アステルリーズの住民すべてを殺すというの!? 帝都には何十万もの人々が住んでるのよ。千年祭の今は見物客だってたくさん──。……ま、まさか、それを狙ったの……?」
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