第27話 あいつ普通じゃないんだよ!

文字数 1,893文字

 ギヴェオンの案内で客間へ移動しながら尋ねると、彼は眉根を寄せて首を振った。
「〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉は結局貴族の集まりですから、彼は雇われたごろつきでしょう」
「最初にジャムジェムに襲われた時助けてくれたのは偶然? それとも見張ってたの?」
「偶然です。お嬢様は強運の持ち主でいらっしゃる。もっとも、職を求めて公爵家へ向かう途中ではありましたので、まったくの偶然とも言いがたいところですが」
「うちで従僕の空きが出たのも偶然というわけ?」
 皮肉っぽく尋ねるとギヴェオンは苦笑した。
「それはこちらの細工です。報酬のよい勤め先を紹介して辞めてもらいました。──さて、お部屋はここです」
 ギヴェオンが扉を開けてソニアを通す。室内に入ると、部屋の隅にいたお仕着せ姿の少女が立ち上がった。それは今朝方着替えを手伝ってくれたあのメイドだった。
「ミミは元々ここのメイドです。何なりとお申しつけを。それではおやすみなさいませ」
 呆気に取られているうちにギヴェオンは扉を閉めて去ってしまった。にこっと笑ったミミが身振りで着替えを勧めてくる。今朝から彼女は一言も喋っていない。どうやら話すことができないらしい。ソニアはおとなしく世話をやいてもらうことにした。

 薄闇の中に、人形の如き少年が立っていた。一昔前の貴族の格好をした少年の美しい金髪は乱れ、花びらと土がついていた。服も泥だらけ。まるで土砂崩れに巻き込まれ、ほうほうの態で逃げ出してきたようだ。流線型の椅子で帝王のごとく傲然と長い脚を組んだ男は、一言も発せず無感動に少年を眺めた。少年は自棄を起こしたように叫んだ。
「何とか言えよ、オージアス!」
「何を言えと? おまえがしくじったということは見ればわかる。しかも、これで二度目。さらに言えば思いっきり手加減されてるな」
 冷やかに言い捨てられ、ジャムジェムは眉をつり上げて黒髪の青年を睨んだ。憤怒と屈辱で陶器のような肌が赤黒く変わる。
「……あいつ、普通じゃないんだよッ」
「それは最初の時でわかってるはずだ。なのに何故失敗を繰り返す?」
「だって……、ただの人間が僕らにかなうわけないじゃないか」
「だから普通じゃないんだろう? 自分で言っておきながら信じていない。苦しい言い訳だな、ジャムジェム。今のおまえは実に見苦しい」
 美少年はムッとしてオージアスを睨んだ。
「だったらあんたがやれば。大体、あんたがさっさとあいつを始末しておけばこんな面倒なことにはならなかったんだ。公爵邸で一緒だったんだろ」
「失態を棚上げして吠えるのが得意だな。私は私のやるべきことをやっている。おまえはおまえのやるべきことをやれ。それができないなら、ひとのやることに口出しするな」
 氷よりも冷たく言い放たれ、一瞬怯んだジャムジェムはぷいとそっぽを向いた。むくれながら踵を返すと、鞭のようにしなる声が背中を打った。
「言っておくが、始末すべきは娘のほうだ。忘れるな」
「わかってるよ! あいつが引っついてて邪魔するんだから仕方ないだろ!?
「だったら引き離せ。奇天烈な格好を考える以外にもたまには頭を使ったらどうだ」
「むかつくぅ……っ」
 ジャムジェムは少女のような顔を怒気にゆがめ、憤然と靴音を鳴らして立ち去った。
 ゆらりと立ち上がったオージアスは、ゆっくりと薄闇の中を歩いた。歩くたびにかすかに周囲が明滅する。やがて足を止めると、そこには頑丈な鉄格子の嵌まった巨大な檻があった。中には粗末な寝台が置かれ、青ざめた青年が横たわっている。その傍らで汗ばむ青年の額をかいがいしくぬれ布巾でぬぐっていた少女が、怯えた顔で振り向いた。
「……あなたのお蔭で準備は順調ですよ、ヒューバート卿。女神の柩が開かれた夜、終焉の宴の幕は上がり、盛大な炎が帝都を包むことになる」
 オージアスがゆったりと腕を組んで微笑むと、少女は鉄格子にすがりついて叫んだ。
「お医者様を呼んでください。このままではヒューバート様が死んでしまいます」
「心配することはない。そう簡単に彼は死なないよ」
 残酷に微笑んで背を向けたオージアスの背が薄闇にまぎれる。ヒューバートは整った顔をゆがめ、苦悶の瞳を少女に向けた。
「すまない、フィオナ……」
 痩せ衰えて骨の浮いた彼の手を両手で握りしめ、フィオナは押し殺した声で叫んだ。
「ああ、どうか。神様……!」
 その声は、闇の向こうにいるオージアスにも届いた。彼はゆっくりと口角を上げた。
「……ここにいるよ。きみの呼ぶ『神』は……」
 さざ波のように、闇が揺らいだ。
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